第1話 薬草の販売-5
翌日、午前中に酒場の仕込みを手伝った後に、ラナさんから買い物を頼まれた。
「ボク、忘れっぽいですから思いついたときに買っておかないと忘れてしまうんです。特に急ぎのものはないんですけど……」
「わかりました、お任せください」
「これがお買い物のメモです。夕方までは忙しくないと思うのでゆっくり行ってきてください」
手渡された小さな紙切れに目を通した。丸みを帯びた字で、いわゆる常備薬関係とまもの避けの聖水の名前が書かれていた。どうやら店のものというより、ラナさんの私物らしい。
少ししてハッとした。彼女の顔を見ると口をUの字に曲げて笑顔で頷いている。
私は頼まれた買い物をしに酒場を出た。ここに書かれているものは、薬屋や道具屋で手に入るものばかりだ。つまり、薬草も一緒に売っているところ。
実際のお店で、薬草の価格の差異や売れ行きなど見に行きたかったのだ。この買い物はラナさんの気遣いだと思った。いろいろと察しのいい人である。きっちりと仕事をこなして恩に報いなくては……。
街に出て道具屋と薬屋をまわる。頼まれたものはすぐに見つかった。ついでに、薬草の価格も見てまわった。
どこのお店も10ゴールドと同じ価格だ。そして店内を物色するふりをしながら薬草の売れ行きを覗いてみたが、たしかに売れているとはいい難い。小さい瓶に入った傷薬が薬草と同じような効果でよく売れているようだ。
薬屋の店員に聞いてみると、傷薬は薬草より費用こそ高いが、日持ちするのと携帯性も優れているようだ。薬草も売れなくはないが、需要はそれほど多くないことがわかった。これを500個、鮮度があるうちに売り捌くのはなかなか大変そうだと今更ながらに思った。
街にある道具屋と薬屋を人に聞きつつ、行ける範囲で歩いてまわっていたら日が傾き始めていた。夕方までに戻らないとさすがにラナさんに怒られそうだ。足早に酒場に戻っている途中、カレンさんの姿を見かけた。向こうもこちらに気付いたようで手を振って歩み寄ってくる。
「よう、スガ! お使いの帰りかい?」
「そんなところです。ちょっと遅くなってしまって……、カレンさんは仕事の帰りですか?」
「まぁそんなとこだねぇ、護衛の任務で山道をずいぶん歩かされてヘトヘトだよ」
「大変ですね、またよかったら夜に飲みにきてください」
「ああ、そのつもりだよ。毎日ラナんとこで飲むのが日課だからねぇ」
そうだ、とカレンさんが手を叩いて続けた。
「昨日言ってた薬草の件、ギルドの知り合い当たってみたけど、やっぱり大量にまとめて買ってくれそうなのはいないねぇ?」
彼女は眉毛を八の字に曲げて申し訳なさそうに言った。
「そうですか……。わざわざ声をかけてもらって助かります。ありがとうございました」
大きな期待をしていたわけではないが、やはり簡単ではないと現実を突きつけられた。そう話をしていると、彼女の前髪に枯れ葉が絡まっているのに目が止まった。山道を歩いていたと言っていたので、そこで付いてしまったのだろう。
「前髪に葉っぱついてますよ?」
近寄って枯れ葉を取ってあげようと、ブロンドのカールした前髪に手を伸ばすと、カレンさんは少し後ずさって自分で枯れ葉をとった。
距離感を間違えたか、少し気まずくなってしまった。
「あぁ、気付かなかったよ。ありがとう」
彼女は枯れ葉のついていた髪のあたりを軽く手で払って整えていた。
「それじゃまた酒場寄るから、早く帰んなよ。ラナが待ってるよ」
そう言って彼女は立ち去って行った。