第4話 花の闇(前)-6
夜中に駅前に行くようになって5日目、これまでの4日間は特に変わったこともなく、見かけた人もほとんどいなかった。衛兵に声をかけられもしなかった。
今の私の行動は明らかに不審者のそれなのだが、ここに関してはカレンさんが衛兵に事情を説明してくれているのかもしれない。毎日酒場にやってくる彼女に、駅前での出来事をそのまま伝えているが、彼女も「そうかい」と返事するだけだ。
ラナさんは、私が出ていくのをいつも「お気をつけて」と見送ってくれるが、まさか駅前で1時間程度ただ座って帰ってきているだけとは思っていないだろう。
今日も駅前の同じベンチで、座りながら辺りを見渡した。路面電車がなくなると人の行き来はぱったりと途絶えてしまう。ひとつため息をついた。この仕事になんの意味があるのか私なりに考えてみたが、まだそれらしい答えにはいきついていない。
「貴様は従順なのだな……」
後ろからの突然の声に驚く。振り返ろうとしたと同時にそれを制する声が聞こえた。
「そのまま前だけ見ていろ」
声の主はサージェ氏だった。夜中の外出時は、どこかで見守ってくれているようだが、声をかけてきたのは初めてだ。私は正面の虚空に向かって話しかけてみた。
「サージェさん……は、カレンさんが依頼された仕事の内容をご存知なんでしょうか?」
世間話ができそうには思えなかったので、ストレートに疑問を投げかけてみる。背中から息を吸い込む音が微かに聞こえる。
「知っていたとしてもカレン様が話していないことを自分は話せない……、が――」
予想通り話せないと返事がきた。しかし、「が――」とまだ続くのは意外だった。
「今回の件に関しては自分も詳しく事情を聞かされていない。ただ、貴様を見守り、万が一の際は身を挺して守れとのご命令だ」
「そうですか。それならサージェさんもなかなかに従順な方ですね?」
あえて皮肉めいた言い方をしてみたが、特に変わった反応はなかった。もっとも後ろにいるので表情の変化は見て取れない。いきなり「貴様」と呼ばれたのも複雑な気分だ。
「カレン様の命令は絶対だ。この身を賭してでも遂行する。それが自分の務めだ」
「カレンさんを信頼しているんですね」
「『ブレイヴ・ピラー』の中でもカレン様は特別だ。グロイツェル様とともに組織の両翼を担うお方だからな」
グロイツェル氏……、競り市で例の大剣を購入してくれた人の名だ。「賢狼」と呼ばれているとか聞いた。
「もしよければ、『ブレイヴ・ピラー』について少し教えてくれませんか? もちろん話せる範囲で結構です」
ダメで元々で聞いてみた。この息苦しい空気をどうにかしたいという気持ちもあったからだ。
「話せる範囲……、か」
「お互い退屈ではないですか? 夜にひとりで時が経つのを待っているだけなのはなかなか苦痛でして――」
これは思っていたのをそのまま口にした。話相手もおらず、することもない1時間はとてつもなく長い。それが夜中となればなおさらだ。
「なにが聞きたいのだ? 答えるかは別として聞いてやろう」
話し相手になってくれたことに驚いた。彼も私と同じように退屈で時間を持て余しているのかもしれない。
「そうですね……。『ブレイヴ・ピラー』の3傑について、とかどうでしょう?」




