第4話 花の闇(前)-3
「スガに会いに酒場に行ったんだけどねぇ。留守だったからラナに居場所を聞いたらこの辺じゃないかって言われたよ?」
「わざわざ私を訪ねてきたんですか……。一体どういったお話でしょうか?」
「まぁそんなに構えなくていいよ、横座っていいかい?」
返事をする前にカレンさんは私の真横に腰をかけた。普段酒場でよく話をしている人だが、ここまで近い距離になったことはないのでドキリとしてしまう。かすかに彼女の体温を感じるくらいの距離感だった。
大酒飲みで大剣を振り回す怪力の持ち主ではあるが、とても美しい女性でもあるのだ。私が少し距離を開けようとしたら腰の辺りに手をまわされて止められた。思わず生唾を飲んでしまう。
「小声で話したいからね、ちょっとだけ我慢してもらえるかい?」
カレンさんの話し方から只事ではないのが伝わってくる。照れている場合ではないと思い、気を引き締めたが、身体が内側から熱くなるのを感じた。
「はい……、すみません。それで、私に話というのは?」
彼女同様に私も声をおとして聞いてみた。
「まずは――そうだねぇ、こないだ切り裂き魔の事件でうちのギルドが衛兵団に協力するようになった話はしたよね?」
「はい、覚えています」
「この件はうちのギルドの中で、私が受け持つことになった」
「カレンさんが中心になって調査をするんですか?」
「そういうことだねぇ。事件が起こっている辺りと私の住んでるとこや行動範囲が近いからね。専任で引き受けるようになったよ」
「そうなんですね、それは心強いです」
「ただ指揮権がこっちにあるわけじゃないからね、相変わらずスガを不審に思っている連中もいるよ?」
「疑われるのは仕方ないと割り切るようにしました。現に今、後ろめたいことがなにもなくても疑われている訳ですから、私がどうこうできないと思うんです」
これは考えた末の結論だった。実際になにかしたわけでもなく今疑われているのだから、これ以上どうすることができるというのか……。
「それでいいと思うよ。まぁスガやその周りの人に迷惑がかからないように私も衛兵らに働きかけていくつもりだしさ」
「それはとても助かります」
「――でね、本題はここからなんだけどさ。スガさ、この切り裂き魔を見つけるの協力してくれないかい?」
「……え?」
あまりに予想外の言葉が飛び出してなんと返事していいかわからなかった。切り裂き魔を見つける協力をする、頭の中で今の言葉を反芻して理解する。意味は理解できたが、私がなにか協力できるのだろうか?
「ギルドにいる私の部下を護衛につけるからさ。スガには絶対に危害が及ばないようにする」
カレンさんは私の目を見てそういった。濃い青色をしたビー玉のような目に私が写り込んでいる。彼女の目付きから、冗談で話しているわけではないのが伝わってくる。私が返事に窮しているとさらに続けてこう言った。
「『協力』という言い方がよくないね。スガの流儀に乗っ取って仕事の依頼というのはどうだろうか? 依頼主は私、切り裂き魔の件を解決できたら王国から報酬が出る。それの私の取り分の半分をスガに渡すっていうのはどうだい?」
まさかカレンさんから仕事の話をされるとは思わなかった。しかし、ここまで話す以上なにかしら策があってのものだと思われる。
「わかりました。引き受けるかは別として一旦詳しく話を聞かせてもらってもいいですか?」
カレンさんは口元を緩めてニッと笑い、私への依頼の具体的な内容を話しはじめた。




