第3話 魔法使いの挑戦(後)-8
外の日が陰りはじめ、徐々にお客の入りが多くなってくる時間になった。常連が多いこの店では新しいウエイトレスはすぐに注目の的となった。
パララさんの少女のような可愛らしさも相まって頻繁に声をかけられている。彼女はあたふたしながらも進んで仕事に取り組んでいた。横目で追いながらも時々フォローをしつつ、基本は彼女に任せるようにした。
ラナさんも時折顔を出しては、「あまり可愛いからって無茶なオーダーはしないでくださいね」と常連客たちをたしなめている。ここの男性客のほとんどはラナさんの言うことに絶対服従なので安心だ。
パララさんはお客様と会話するのには苦労しているが、オーダーを覚えたりするのは驚くほどこなしている。ただ、声をかけられる数が増えてくると徐々に顔に疲労が見えてきた。ちょうど私がそう思った時にラナさんが声をかけていた。
「ボクがしばらくオーダー受けますからパララさんは少し休憩しましょう」
「ごっ、ごめんなさい……。私お役に立ててませんか?」
「いいえ、とても助かっていますよ。ですが、パララさんが疲れてきているのをスガさんもブルードさんも気にかけています」
「わっ、私まだまだ元気ですよ!」
「ええ、ですから元気が残っているうちに一息ついてください」
ラナさんは口をUの字に曲げたいつもの笑顔でそう言った。
「……わかりました。休憩とらせてもらいます」
ラナさんに押し切られてパララさんは店の奥へと下がっていく。とても真面目な性格のようだが、がんばりすぎてしまうところもあるのかもしれない。
それから小一時間程度経っただろうか。外はすっかり暗くなり、酒場の一番忙しい時間帯がやってきた。いつもの時間帯にカレンさんが顔を出して定位置のカウンター奥の席に座る。
「スガぁ、びっくりしたよ。この間私が振り回したあの大剣、うちのギルドが買い取ってたよ!」
そういえばそうだった。競りが始まった時、カレンさんはもうその場を離れていたのだろうか。同じ日に酒場で会った時は、その話に触れなかった。
「ええ、たしか『グロイツェルさん』という方が買ってくれました」
「うちの幹部のひとりだよ。あんまりこの辺には来ないから会うのは初めてだったかな?」
「そうですね。ただあの巨体を見たらもう忘れることは無さそうです」
「あっはっは! それはそうかもね。なかなかおもしろいこというじゃないか」
さらに私がなにか言おうかとしたところで、カレンさんの視線が私の後ろにいった。
「――ところでスガぁ、後ろの可愛い子はここの新入りさんかい?」
後ろを振り返るとパララさんが立っていた。
「おっ…遅くなりました! 残りの時間しっかり働きます!」
「おかえりなさい。ちょうど忙しい時間帯になってきましたね?」
「スガさんがいっぱい働いてくれますから、パララさんは無理しない程度にがんばりましょう」
ラナさんもやってくると、カレンさんにいつものお酒を差し出した。
「ああラナ、この可愛い子はどこで見つけてきたんだい?」
「詳しく話すと長くなりそうなんだけど……、短期でお手伝いをしてもらってるんです」
「ぱっ…パララと言います! よろしくお願いします!」
パララさんは勢いよく深々と頭を下げた。テーブルの角に頭をぶつけたりしないか心配になる。
「カレンだよ、ここの常連でラナの友達さ。よろしくパララちゃん」
「ねぇカレン、そのパララさんのことでお願いがあるんだけどいいかしら?」
「うん……、なんだい?」
私もパララさんもなんの話かわからなかったので、二人で互いに顔を見合わせる。
「今日お店の帰り、パララさんを送って帰ってくれないかしら?」
「ああ、そんなことか……。パララちゃんはどこに住んでるんだい?」
「そっ、そんな悪いですよ。ひ、ひとりで帰れますから!」
「夜遅くに可愛い子をひとりで帰らせるのは心配だよ、なぁスガ?」
「そうですね、最近物騒な話を聞きますので私からもお願いします」
「今日はいつもより早く帰る予定だったからね……。その時にまた声をかけるよ」
そう言ってカレンさんは差し出しされたお酒に口をつけた。パララさんは、ありがとうございます、とお礼を言った後、別のお客に声をかけられてそちらに向かっていった。ラナさんも、ありがとうと言って別のお客のところへと行った。
私もここを離れようとするとカレンさんに小さい声で呼び止められた。
「客がもう少しひいたら話できるかい? スガの言ってた『物騒な話』で伝えときたいことがある」
返事を待たずにカレンさんは目を逸らしてお酒を飲み始めた。「物騒な話」は最近よく耳にする切り裂き魔の話だろうか。しかし、その件でカレンさんから私にどんな話があるというのだろう……。




