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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第1章 異世界営業
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第3話 魔法使いの挑戦(後)-7

「すっ…推薦をもらったギルドは……、面談でうまく会話ができずに…お断りをされてしまいました。その後の仕事の依頼を探していた時も同じです。じっ、自分ができることとか…なにをしたいかとかを全然答えられなくて……なかなか仕事の紹介をもらえず、私も人と協力してする仕事はできないと思って避けてしまって……そうこうしているうちに時間ばかりが経ってしまいました」




 パララさんは泣き出しそうな顔をしているが、はっきりと聞き取れる声で話始めた。




「で、ですが……、そういう自分を変えないといけないともずっと思っていました。そして偶然、仕事の紹介所で私に協力してくれる人たちに出会ったんです! だから……、それに私も全力で応えたいと思い今回応募するに至りました!」




 彼女が魔法使いとして仕事をするためになにを経験し、なにを考え、この酒場に行きついたのかが伝わってくる答えだった。誰よりも自分を変えたいとパララさん自身が思い続けているのだ。




 この練習は皆が苦しい気持ちになるものだったが、今の言葉を彼女の口から引き出させたのは非常に大きい。




「ありがとうございます! ブルードさんの質問はすべて私が考えて言ってもらっています。辛い思いをさせて申し訳ありませんでした」




 パララさんは涙ぐんだ目で私を見ていた。結局、私が我慢しきれなくなって中断させてしまった。




「ブルードさんにもこんな役を引き受けてもらって申し訳ありません。本当にありがとうございました」




「あぁ……、今中断してもらって助かったぜ。さすがにこれ以上パララちゃんのその表情は見てられないからなぁ……」




「実際の面接の場でもこういった厳しい質問がくる可能性は十分考えられます。そして、それに対してパララさんが口ごもるのではなく、今の自分と向きあった上での受け答えをできるのが非常に大事だと思ったんです」




「はっ、はい……。私も今この場ですからこうして話せましたが…じ実際に面接の場でいきなりこんなことを聞かれたらなにも答えられなくなっていたと思います……」





 わずかな沈黙が流れた後、ラナさんがお盆にお茶をのせてやってきた。





「ちょっとだけ休憩しませんか?」





 ラナさんの持ってきたのはハーブティーだ。爽やかな香りがこの場を優しく包み込む。皆でそれを飲み、静寂の時を過ごした。




 お茶を飲み終えて落ち着いてからは、簡単なマナーについてパララさんに話をした。もっともこれに関しては私の世界での話なので、そのまま取り入れて効果があるのかはわからない。ただ、少なくとも悪い印象を与えないと思われる。




「面接会場の部屋へ入る際はノックをしましょう。中の人から促されたら扉を開けて入るといいです。また入室の際には『失礼します』と言ってから入るとよいと思います」




「はっはい、わかりました!」




「面接で座る席の左横に立ってまずは名前を名乗り、ここでも促されてから席につくとよいと思います。面接が長時間に及ぶこともありますから、席にはなるべく腰を深くかけたほうが疲れにくくなるでしょう」




「そっそうなんですね、わかりました!」




「席に着いたあとは両手を前に重ねて力まず自然に置くとよいです。姿勢をよく見せるためには、天井から頭の天辺にかけて糸で吊るされているようなイメージをすると背筋が伸びてよいかと思います」




「はっはひ、ゆっ…ユタタさんはどこか良家でマナーを指導するようなお仕事をしていた方なのですか?」




「いいえ、そのような経験はないですが……、どうしてです?」




「めっ、面接についてこんなに細かく指導されたのは初めてなので…しっ正直驚いています。こんなに意識することがあるなんてびっくりです」





 これらの知識は仕事というよりは、学生時代の就職活動をしていた時に自然と身に付いたものだ。




「面接で一番大事なのは話す内容になります。これは当然なのですが、部屋に入るときの声かけや椅子に座る際の所作、話すときの姿勢や言葉使いなど他にもいろいろなところを面接官は見ています。せっかく素晴らしい内容を話しているにも関わらず、他のところで評価を下げてしまうのはもったいないですからね……。こういった動きや姿勢は当日緊張しているときでも、自然とできるように繰り返し練習をしていきましょう」




「はっはい、わかりました!」





「スガさんのそういった知識の豊富さには本当に驚かされます。機会があったらボクにも教えてくださいね?」





 ラナさんが時折顔を出しては声をかけていく。先ほどの圧迫面接の練習もあり、様子が気になるのだろう。ブルードさんは席を離れて料理の仕込みをはじめていた。




「あっ…あのラナさん、お願いがあるんですけど……」




「ボクにですか? なんでしょう?」




「さっ酒場のお手伝いをさせてもらうことはできませんか?」




「ボクには気を使わなくても――」




「ちっ違うんです!」




 ラナさんの話の途中で、パララさんは両掌を前に出して待ったをかけた。




「みっ皆さん以外のいろんな人と話をして、その…もっと人と話すのに慣れていきたいんです! ここのお仕事をしていたらいろいろな人と話せるかなって思って――」





 なるほど、盲点だった。いかにして初対面の人とでも話せるようにするかを考えていたのだが、目の前にとても良い方法があったのだ。それをパララさんから言い出してくれて助かった。このわずかな期間で彼女が変わろうとしているのを感じた。




「そういうことですか……。でしたら今日はスガさんのお手伝いをしてもらいましょうか?」




「ぜぜ…ぜひお願いします!」




「私も助かります。夜の時間は込み合いますので猫の手も借りたい時も多々ありますから」





「スガさんもここでの仕事はまだまだ一人前とはいかないからな? オレからもよろしく頼むぜ!」





 厨房からブルードさんの大きな声が聞こえた。たしかに酒場の仕事はまだまだ要領が悪い。人手が増えるのは願ってもなかった。




「では、お客様への注文の聞き取りと配膳を私と一緒にやってみましょう。お客様との会話が必要になりますから他人と話す良い訓練にもなるはずです」




「はっはい! わかりました!」





「慌てて料理をひっくり返さないようにだけ注意してくれよな!」





 またブルードさんの声が響く。たしかにパララさんの慌てようを見ていると、その心配をした方がいいのかもしれない。

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