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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
終章 真実
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◆第18話 迷走の帰結(前)-1

 街が大騒ぎになったあの日、グロイツェル氏の計らいで馬車に乗って私は酒場へと戻ってきた。ラナさんはまだ戻っておらず、胸騒ぎがした。




 離れに戻って、時々外の様子を窺っていた。黄昏時を迎える頃、馬車ではなく馬が一頭酒場の前に止まったのが見えた。表に出てみると、トゥルーさんが馬に跨っており、その後ろにラナさんも乗っていた。




「あらあら……、スガさん。ボクの方が帰り遅くなってしまいましたね?」




「おかえりなさい、ラナさん。トゥルーさんも一緒だったんですね?」




「こんばんは、スガワラさん。なんと言っていいか一言で伝えきれないくらいいろいろあったんだが……、オレはまだやらないといけないことがある。また後日お邪魔させてもらうよ」




 彼はそう言って、ラナさんを降ろすとそのまま馬に乗って元来た道を戻っていった。




「スガさんは大丈夫でした? 電車も止まっていて大変だったでしょう?」




 ラナさんとトゥルーさんにも簡単に説明できないなにかがあったように――、私は私でいろんなことが起こった日だ。なんと伝えていいものか思案した後、今すべて話す必要もないと思った。




「いろいろと複雑なのですが――、とりあえず、ここまでの帰りは馬車に乗せてもらえました。街の騒ぎも治まったようですね?」




「ええ、そっちはもう大丈夫ですよ。ボクがお手伝いしたんですから間違いないです」




 彼女は笑顔でそう言った。ラナさんが手伝った? たしかまものの大群が押し寄せていた、と聞いていたが、黒の遺跡とときと同じように応援に出ていたのか? 


 それでトゥルーさんと一緒に……。私は頭の中で勝手に情報のパズルが組みあがっていくのを感じた。




「お昼はとても楽しかったですね? よければまたお出掛けしましょう」




 彼女の笑顔は、今しがた戦いを終えてきた人の表情とは思えなかった。だが、この問いに応じないわけにはいかない。




「はい、私でよければいつでもお付き合いしますよ」




「うーん。『私でよければ』ですか……」




「はい?」




 人差し指を立てて唇に当てている。考え事をするとき、ラナさんはいつもこの仕草をする。




「いいえ、なんでありません。ボクはちょっぴり疲れているので、このまま今日はお休みしますね」




 きっとまた強力な魔法を何度も使ったりしたのだろう。消耗していても無理はない。




「はい、ゆっくり休んでください」




 自室のある方へと歩いて行く彼女の背を見送った。そうか、今日はラナさんとのデートから始まった1日だったんだ。それがとんでもない1日へと変わったものだ。






 ――翌日。




 ラナさんは特に疲労をみせることもなく、昼間に酒場を開けていた。すると、開店とほぼ同時に数人の、見慣れた軍服のような恰好をした人たちが来店した。その中心には翡翠のような美しい髪をなびかせた女性がいる。




「シャネイラ……、珍しいですね? あなたが仮面をとった姿で外へ出るなんて?」




 ラナさんは、シャネイラさんを視界に入れると少し表情を険しくした。




「ラナンキュラス、そう邪険にしないでください。鎧も仮面も手入れに時間がかかりそうでしてね。しばらくは顔を晒して出歩くことになりそうです」




「あの戦いの後、もうこうして出歩けるなんて本当に怪物ですね。あなたは?」




「フフ、頑丈さが取り柄なんですよ。今日は()()()()にお礼を申し上げに来たのと……、なにか食事をもらおうかと思いまして」




 ふたり、とはつまり私とラナさんのことだろう。彼女と私はお互いに顔を見合った。それぞれが一方の感謝される理由を知らないからだ。


 ラナさんは軽いため息をついた後、シャネイラさんに話しかけた。




「お客様――、としてならきちんとおもてなししないといけませんね? あなたがなにか食べる姿なんて見たことない気がするのですが?」




「こう見えて私も『人間』ですから。人並みに飲み食いするのですよ? それにグロイツェルから聞いています。黒の遺跡での報酬分は注文できるのでしょう?」




「まったく……。カレンだけじゃなくてあなたも除いておくべきだったかもしれませんね」





 なんとなくだが、話を交わしているうちにラナさんの表情は少しずつ和やかなものに変わっているように見えた。


 シャネイラさんがお連れの人含めて飲み物を注文したので、私はそれの準備と配膳に動き回る。シャネイラさんの元へ紅茶を運んだ時に彼女に話しかけられた。




「スガワラさん、まずは謝らせてください。あなたの許可なく周囲を部下に見張らせていました」




「いいえ、気にしてません。しばらく外出を控えてましたので、見張りの人も退屈だったんじゃないですか?」




「フフ、あなたはなかなかおもしろいことを言いますね。おかげでブリジットを捕まえるに至りました。もっとも、彼が目を覚ますかはまた別の話ですが……」




 ブリジットはまだ意識が戻っていないのか。今の言い方から死んでしまったわけではないのだろう。


 シャネイラさんは紅茶を一口飲むと、そのカップを片手に持ったまま興味深そうに眺めていた。




「スガワラさんが我々の本部にいたとき、ラナンキュラスは、街に向かって来ていたまものの大群を抑える部隊に加勢していたのです。要請を出したのは私ではなく王国騎士団ですが」




 おおよそ予想していた話だったが、今のを聞いてトゥルーさんが一緒だったことも納得がいった。


 まものの大群、彼らは彼らで意思の疎通をしている生き物だ。黒の遺跡での戦いなどを向こうの立場から考えると、私たちが「侵略者」なのだ。恨みを募らせて復讐にきたとしても不思議ではないのかもしれない。





「話し合いとかできたらいいですけどね……」





 私は特に他意もなくそう言った。




 ある種の冗談のつもりだった。ひょっとすると私の特異な言語の魔法ならまものとの会話もできるのかもしれない。そんな考えがかすかに浮かんだが、実行しようとまでは思っていない。


 シャネイラさんはなぜか私の顔をずっと見つめていた。この人も無機質な雰囲気こそあるが、相当な美人なのであまり見られると照れくさくなってしまう。





「シャネイラ、なにを食べたいんですか? この時間はボクとスガさんしかいませんので、ボクの手料理になってしまいますけど?」





 ラナさんがこちらにやってきてそう言った。やはり、顔つきに険しさが消えている。




「あまり普通のお店には来ないので注文に慣れていないのです。ラナンキュラスが決めてもらえますか? お代は前払いしているわけですから?」




「わかりました。お連れの方含めて午後の仕事もがんばれそうなものを準備しましょう!」




「フフ、よろしくお願いします」




 私はラナさんを手伝おうとシャネイラさんに背を向け、厨房に入ろうとした。だが、その背中に声をかけられた。




「スガワラさん、私たちがここを出るとき、ほんの少しだけお時間をもらえませんか?」




 この申し出に心当たりはなかった。だが、私はそれに応じた。改めて、彼女の席を離れるとき背中かからなにか聞こえてきた。それは、私にではなく独り言のようであった。




「『呪い』が……、解けたのかもしれませんね」

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