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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
終章 真実
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第16話 橋上の決戦(後)-3

「ブレイヴ・ピラーの本部なんてお前が一番近寄りたく場所じゃないのか?」




 向かいの建物の陰に隠れて私とブリジットは話していた。




「その通りです。だから一応こうして隠れているじゃないですか?」




 ブリジットの常に余裕ある表情はどうにも苦手だ。本当に掴みどころのない男だ。




「ユタカとは歳も近そうですからね……。理解してもらえると思うんですが、僕は元いた世界で組織に使い捨てにされた人間です。ああ、『組織』といっても会社組織って意味ですよ? 悪の秘密結社とかではありません」




 彼はブレイヴ・ピラー本部の入り口を見つめながら話を続けた。




「人生に絶望して自殺したつもりでいたら、この世界に来ていました。そして、ここでは大きな組織に属さなくても自由に生きることができた。生き方の善悪は別としてね」




 「ブリジット」として初めて話をした時、この男は私について、すでに死んでいる、と言った。それは彼自身の体験からだったのだ。


 自殺が異世界転移のなにかしらのトリガーになっているのかもしれない。




「ただ、この世界でも僕の生き方を邪魔するやつらがいる。その代表格が『ブレイヴ・ピラー』です。裏側の世界で暴力をもって治安維持の真似事をしている。本当にいけ好かないやつらだ……。そして、僕と同じように思っている人間もたくさんいる」




「まさか、そういうやつらを集めて反乱でも起こすつもりなのか?」




 私は直感で思ったことを言った。話の流れとこの場所からそんな予感がしたからだ。




「うーん……、近いですが、答えは『ノー』ですね。僕は組織というものが嫌いだ。同じような集団をつくるつもりはないですよ。ですが……、目的を共有することはできると思っています」




 ――目的の共有?




「僕がやったことは簡単です。ブレイヴ・ピラーを筆頭に、正義の真似事をしている組織を恨んでいるやつら、そうした人間に魔法の写し紙を大量に配りました。組織間でつまらない争いを引き起こさせて、その信頼を揺るがしていきました」




 ブリジットは相変わらず、同じところを見つめながら話をしている。こうして話をしている彼は、個人として生きる道を選んだわけだが、実は孤独を抱えているのかもしれない。実は、自分の生き方に共感してくれる人を探しているのではないか。




「あとは、写し紙をバラ撒いた連中へ向けて少し前に情報を流しました。ブレイヴ・ピラーの本部は今ガラ空きで、報復したいならまたとないチャンスだぞってね?」




 急に背中に悪寒が走った。今、わずかでもこの男の気持ちに共感しようとしたが、やはり根本的に考え方が違う。




 この男には明確な悪意を感じる。




「さて、こういう時は最初に踏み込むやつが大事ですよね? 誰かが仕掛けたらあとは勝手に火種は広がる。だから僕は情報におまけを付けました。『最初に乗り込んだやつには報酬を弾む』とね?」




 その時、明らかに一般人ではない……、手に武器をもった人々が視線の先に現れた。




「『ブレイヴ・ピラーに一泡吹かせたい』、これが潜在的な共通の目的。僕はそれを実行するための情報と、その際の対価を提示した。それに応じるかどうかは各々の自由です。ゆえにこれは『組織』ではない」




 ブレイヴ・ピラー本部の前に集まって来ている人間は個人、もしくはせいぜい2~3人程度の集まりだった。だが、それらはその建物の前に集合し、徐々に数を増やしていく。


 各々に個人的なつながりはなくても、この場所と手に持った武器でお互いの目的が共通であると理解しているようだ。




「さて……、どれほどの規模で人は集まるのか? そして剣士ギルド様はここを手薄な守備で守りきれるのか? なかなか見ものじゃないですか!?」




「お前のやってることは狂っている!」




 私は思わず声を荒げ、ブリジットの胸ぐらを掴んだ。




「狂ってるもなにも、これはここに集まった人たちの意思です。僕が命令したわけじゃない。だからこそ……、こうなったらもう止められませんよ。まもの討伐に出て行ったら帰る本部がぶっ潰されてるなんて笑えるじゃないですか?」




 どうする?




 たしかにブリジットの言う通り、彼の命令で集まった人間ではない。




 この男は舞台を整えただけだ。




 私になにができる? 




 いや……わかりきっている。なにもできない。




 剣士ギルド本部前に集まっている者たちは、建物内の人の気配を確かめた上で、武器を掲げて入り口を破壊し乗り込んでいった。数人が乗り込むと、どこかでその様子を見ていたのか、後から何人もの人が現れそれに続いて行く。




 ブリジットはその光景を、残酷なショーを見守るような顔つきで眺めていた。

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