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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
終章 真実
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◆◆第16話 橋上の決戦(後)-1

 「アルコンブリッジ」、元は巨大な川と崖を繋ぐために造られた釣り橋。橋以外にも渡し舟を使った往来もあった。だが、この川によって隔てられた国と国との交易が盛んになり、橋は大規模な拡張がなされていく。




 巨大な重機が存在しないこの世界で、どれほどの時間と労力を費やしたのか――、それはまるで紀元前の巨大な遺跡をどのように建造したのか思いを馳せるかのようだった。




 橋を歩いて渡ろうものなら、それが橋であって陸ではないことを忘れてしまうような巨大な橋が建造された。




 国と国とが人を出し合い、一部にはこの世界独自の「魔法」の力を使って、長い長い時をかけて橋台を築き、巨大な橋は完成した。


 もし、この橋をスガワラが見ていたら、日本の南の端の島にある「海中道路」と例えたかもしれない。





 この橋の入り口、さらにそこから約4分の3ほどの地点までに王国騎士団と各ギルドの混成部隊が陣を築いている。最前線には剣士ギルドで最大規模を誇るブレイヴ・ピラーを中心とした部隊。その後方には魔法ギルド「知恵の結晶」と「やどりき」を中心とした魔法使いの部隊が、火縄銃の鉄砲隊のような隊列を成して構えていた。




 黒の遺跡と橋を結ぶ途中にある関所にて、まものの大群を足止めする作戦が展開されたおかげか、王国からの討伐隊は万全の状態で敵の襲来を待ち構えていた。





◆◆◆





 シャネイラが前に立つなんてかつてあっただろうか。ただ、この剣士ギルドに所属するものでこいつの剣技に憧れを抱かない者はいないはずだ。


 最前線にいる私たちの士気は高かった。




「まものが射程に入れば、旗振りを合図に魔法使いの攻撃が始まります。今の情報では敵の規模感がわかりかねますが――、うまくいけばそれだけで戦いは終わるでしょう」




 シャネイラの言葉を聞いた後に、ちらりと後ろに目を向けた。数十人規模の魔法使いの部隊が控えている。


 この橋の上では魔法攻撃を避ける場所はない。よほどの数が一斉に押し寄せなければ……、普通なら私たちの出番はなくて終わる。だが、私はそうはならないと思っていた。それはシャネイラも同じだろう。





 橋の向こう側から騎馬隊がこちらへ駆けてくるのが見えた。あれは恐らく関所から退却してきた部隊だろう。続いて、大群……いや、大軍が押し寄せてくる物音、気配を感じた。


 橋の上でもわずかに伝わってくる振動、遠くに見える土煙……。疲弊した騎馬隊がこちらに合流して下がっていく。




「いよいよ来そうですね、カレンさま」




 隣りにいたサージェがそう言った。




「さて……と、相手はまものだ。遠慮はいらないからね」




「元より承知しております。シャネイラ様がいる中で我々に出番があるかはわかりませんが」




「どうだろうねぇ……、おこぼれくらいはまわってくるさ」




 やがて視界に入ってきたのは、まさに巨大な黒い塊……、まものの大群というよりは、まるで巨大な黒い怪物、といった感じだ。




「これはこれは……、驚いたねぇ。数百規模でいそうじゃないか。これだけの数どこに潜んでいたんだか」




 押し寄せてくる黒い怪物が橋に差し掛かった。




 王国騎士団が大きく旗を振って魔法使いに知らせる。




「この数では魔法だけでは止めきれないでしょう。私も魔法を使いますからくれぐれも前には立たないように」




 シャネイラが私たちの中で一歩だけ前へと踏み出した。





◆◆◆





 橋を渡ってきたまものの群れを見たとき、驚きを隠せませんでした。まものがこれほどの規模で襲ってくるというのは、見たことも聞いたこともなかったからです。


 それは、私の周りにいる仲間たちも同じようでした。これがもし1人だったら逃げ出そうとしていたかもしれません。ですが、こちらも数はいます。




 王国騎士団の方が大きく旗を振っているのが見えました。旗の色や振り方によって後ろに控える部隊全体に指示を出しているのです。


 私は魔法使いの部隊の最前列にいました。まものが射程内に入ったら魔法で攻撃して後ろへ下がり、次の詠唱の準備をします。周りと合わせてそれを繰り返します。




 体内で魔力を充填していると、右肩を軽く叩かれました。振り向くとそこにアレンビーさんの姿がありました。




「隊列近かったからこっちに来ちゃった。あんたとの方がタイミングも合わせやすそうだしね」




「はい! 私も知り合いが隣りにいる方が戦いやすいと思います」




 交わした会話はこれだけ――、お互いに目を合わせた後は正面を見据えました。これだけの数の魔法使いが一斉に魔法を放とうとしているのです。精霊のざわつきと魔力の収束は凄まじいものがありました。




 黒い集団がもうすぐ射程に入ります。私は大きく息を吸い込みました。魔法を使う時のいつもの感覚。さっきまで聞こえていた地鳴りのような足音も今は聴こえません。周囲の世界がいつもよりほんの少しだけゆっくりになるのを感じます。




 ――そして、旗の合図が攻撃命令に変わりました。





「「ヴォルケーノッ!!」」





 偶然にも私とアレンビーさんは声を合わせて魔法を撃ちました。周囲からも一斉に攻撃魔法が飛び交い、黒いまものの集団を薙ぎ払っていきます。




 ――強い閃光。




 ――爆風。




 そこからほんのわずかに遅れて響く轟音。それに紛れてまものの叫び声のような鳴き声が幾重にも重なって聴こえてきます。




 それらを体に感じながら私は後ろの列に下がって、次の魔法の準備をします。正面を見ると、まものの集団は、爆風を抜けてそのままこちらに向かって突き進んできます。表面を削ってもまだまだその数の勢いは衰えていませんでした。




 続けざまに、次の列の魔法が着弾します。再度、爆風がまものをのみ込み、強烈な熱風がこちらにまで吹き付けてきました。


 お互いに相殺しないようにするため、隊列ごとに放つ魔法の属性は決められています。まずは火属性での集中攻撃、まさに「集中砲火」でした。




「次の一発、もういける!?」




 隣りのアレンビーさんがちらりとこちらを見ました。私は大きく頷いてみせます。まものの集団はまるで無数の触手のように分かれてこちらに向かってきます。その先端目掛けて、私とアレンビーさんは2発目を撃ちました。





「いくわよっ!?」


「はいっ!!」




「「ヴォルケーノッ!!」」




 短時間に続けての上級魔法、さすがに身体中の力が一気に抜けていくのを感じました。ですが、加減をしていてはとても敵の勢いを止められるような気がしません。




 私たちのヴォルケーノの直撃で触手の先のひとつを折ることはできました。ですが、木の根を張り巡らせるように黒い先端はまだまだ伸びてきます。




 アレンビーさんも杖に身体を預けて立っているのがわかりました。やはり、かなりの消耗をしているようです。周りの魔法使いも2発、あるいは3発ほど強力な魔法を続けざまに撃っています。一旦下がって間を取らなければいけません。




 魔法使いによる、隊列を入れ替えつつの攻撃は続いていました。それでも分かれた触手の先はこちらに届きそうなところまで迫ってきています。




『これは……、ダメです! 魔法だけでは止められそうにありません!』

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