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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
終章 真実
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第16話 橋上の決戦(前)-5

 鳴り響く警鐘。人々の様子を見ていると、消防車のサイレンより深刻な気配で、戦時中の空襲警報がより近いのかもしれないと思った。人の流れは王城へ向かってが多いように見える。どこかに非常時の避難場所でもあるのだろうか?




 他所からやってきた人間にとって、こういった「非常時」は対応が難しい。たとえこれが現代の日本であったとしても、転勤先で突然災害に見舞われたりしたら避難には苦労することだろう。




 私はこの状況でどうするべきだろうか? 少し前に別れたラナさんのことが気になったが、彼女のほうがこちらの世界については熟知している。今の私は自分の安全を最優先に考えるのが正解だと思った。むしろ彼女が私を心配してこちらに戻って来ることすら考えられる。




 そもそもどういう事態が起こっているのかわかっていないのだ。しかし、それは街の人々も同じだと思われる。単に危険を知らせる警鐘が鳴っただけだ。危険の中身がなんなのかを理解している人は限られているだろう。




 人込みに目を向けると、流れに逆らって歩く男の姿が目に入った。つい先ほど別れたブリジットだ。遠くに行ってしまったものだと思っていたが、意外にもまだ近くにいたようだ。




 私は直感的に彼の後をつけていこうと思った。流れに反して進む彼の姿には、なにかしらの意思を感じたからである。





◆◆◆





「あれ? そこにいるのパララ・サルーンじゃない?」




 アルコンブリッジへ向けて王国騎士団と様々なギルドの混成部隊が行軍していくなかで、聞き覚えのある声で話しかけられました。




「アレンビーさん! お声がかかってたんですね」




 私たちトゥインクルとブレイヴ・ピラーの部隊が進む横に「知恵の結晶」の団体がいました。そこにアレンビーさんの姿もありました。




「当り前じゃない? 私、知恵の結晶の中でもけっこう()()()ほうなんだから」




「さすがです! アレンビーさんが一緒なら心強いです!」




「実戦ならあんたのがやれそうだけどね? ――っていうか、すでに臨戦態勢なの? 普通に話せてるじゃない?」




「えっと――、うまく説明できないですがスイッチが勝手に入ったみたいです」




「別に説明はいらないわよ? まものの大群を相手にするなんて初めてだけど頼りにしてるわよ?」




「はい! 私もアレンビーさんに期待しています!」




 アレンビーさんは、私に向けて軽く左手を振ったあと、真剣な顔つきで正面を向きました。私も改めて気を引き締め直します。





◆◆◆





 路面電車を途中下車したラナンキュラスは、街の中心へ戻ろうとしていた。彼女の目的が城の防塞へ避難することなのか、それとも少し前に別れたスガワラを心配してのことなのかは彼女にしかわからない。




 底に少し厚みのあるパンプスは、急いでいくにはあまりに不向きだった。街の中心地へ向かうには路面電車の線路添いを進むのが最短だ。




 街に警鐘が鳴り響く事態はここ数年一度もなかった。そのため、周囲には慌てている人の姿が散見される。


 一方、ラナンキュスラの表情にはまったく焦りがなかった。今に限らず、彼女は慌てたり、焦ったり、戸惑ったりすることがほとんどない。




 彼女が線路添いを走る大通りを進んでいると、その横を王国騎士団の騎兵が通り過ぎていった。流星の美しい栗毛の馬だ。馬車以外の馬がこの通りを駆け抜けるのは珍しい。しかし、少し距離をおいたところでその騎馬は引き返し、彼女の方へと向かって来た。




「そこにいるのはラナちゃんかっ!?」




 馬上で声を上げたのはトゥルーだった。




「トゥルー様!? あらあら……、まさかこんなところでお会いするなんて」




 ラナンキュラスの口調はいつもと変わらない。街は今でも非常事態を知らせる警鐘が響いている。トゥルーはその場で馬から降りると手綱で馬を引いたまま、彼女に歩み寄った。




「君を迎えに行こうとしていた……。ラナちゃんの力が必要になるかもしれないんだ」




 トゥルーはラナンキュラスを見つめながら話をしていたが、途中で下を向いてしまう。その表情には申し訳なさと悔しさが共存していた。




「街になにが起こっているのか、トゥルー様はご存知なのですか?」




「『起こっている』より『起こるかもしれない』かな、それを防ぐために王国騎士団や剣士ギルド、魔法ギルドが動いているところだ」




 道の真ん中で立ち止まり話をしている2人の姿は、周りの状況と比較して明らかに異質だった。まるでそこだけ時が止まっているかのようだ。




「オレもまだこの目で見たわけではないが……、まものの大群が押し寄せているらしい。北のアルコンブリッジで迎え撃つ準備をしているところだ」




 ラナンキュラスは真剣な眼差しでトゥルーを見つめている。




「万が一にも討伐隊が突破されると、まものの群れが街になだれ込む可能性がある。それだけはなんとしても阻止しなければならない」




 ここまで聞いてようやくラナンキュラスは口を開いた。




「――ボクへの応援要請は王国からの命令ですか?」



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