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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
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第15話 束の間-5

 ラナさんは街のお店にとても詳しかった。自分がエスコートする気満々でいたのだが、実際はほとんど後ろをくっついて歩いているだけになった。




 アクセサリーショップや雑貨屋の並ぶ道で時折小走りになったり、強い陽射しに顔をしかめたり、風に乱れた髪を手で整えたり……、彼女の一挙手一投足を眺めているだけで私はとても楽しかった。




 彼女と過ごす時間の中で、目に付いたもの、酒場に来たお客の変わったエピソード、街並みの話やたまたま見かけた野良猫……、すべてが愛おしく思えた。




 彼女は開拓精神旺盛で、しばらく歩いた後に新しく見つけた喫茶店で昼食をとることになった。




「なんかボクばかりはしゃぎまわってごめんなさい。疲れていませんか?」




 アンティーク調の家具が並ぶ喫茶店の一席でそう尋ねられた。




「いいえ、それに綺麗な女性に振り回されるのは男にとって楽しいもんですよ?」




「あらあら……、スガさんもそんなこと言うんですね?」




 冷たくて香ばしいお茶を口に含んで身体の温度を冷ます。暑いのは外の気温のせいだけではなさそうだ。




「酒場であれだけ声をかけられるラナさんです。私にだって彼らと同じように見えていますよ?」




「ボクを褒めてもなにも出ませんよ? けど、ありがとうございます……で、いいのかしら?」




「適当に流して聞いてください。言ってる私が恥ずかしくなってきますので」




「ふふっ……、こうしてスガさんと話す機会はあまりありませんでしたね? お仕事以外の話をするとおもしろい方なんだとは思っていましたけど――」




「仕事の話はつまらないですか?」




 私は思わず苦笑してしまった。




「いいえ、お仕事の話も好きですよ? けれど、真剣過ぎてたまに危うさを感じるときもあります」




「それは私の悪いとこだと自覚してます。やはり身近にいる人にはそう見えるんですね?」




「そうですよ。一度危ない目にあってるんですから気を付けてくださいね?」




 きっとユージンたちに捕まったときのことだ。あれは仕事ではなかったのだが、私の性格そのものに危うさを感じているという意味だろうか。ラナさんは今の私にあの時と似たものを感じているのかもしれない。




 彼女は特に踏み込んだ話をしてくる気配はなかった。単に私が敏感になっているだけなのか……。




 簡単な昼食をとった後、ラナさんは次にどこへ行こうかと思案していた。




「そういえば、スガさんて『この街』を見たことありますか?」




「街――、をですか?」




「ええ、少し歩きますがいいところがあるんです。今日は天気もいいので一緒にいきましょう!」




 彼女は喫茶店を出ると、街の中心から離れていく道を進んで行った。




 道を隔てる縁石を平均台のように乗って歩いたりしている。両手を大きく広げてふらふらしながらゆっくりと進んでいく。私はその真横を見守るようにして歩いた。




 街から少し離れたかと思うと、遠くの高台に灯台らしきものが見えた。私がそこを見ていると彼女は楽しそうに説明してくれた。




「元々、王国の監視塔だった建物ですよ。今は別のところに新しいのが建っているのですが、古い方もそのまま残ってるんです」




 近寄ってみると、たしかに年季が入っているのと、手入れがあまりされていないのがわかった。そして、中への侵入を拒むものがなにも置かれていない。




「ホントは勝手に入ったらダメなんだと思うのですが――、封鎖してないのが悪いんですよ」




 彼女はそう独り言を言ってから、躊躇なく中へと入っていった。私もその後を追っていく。中は薄暗く、螺旋状に階段が伸びていた。どんどん上っていくラナさんを必死に追いかける。




 彼女に追いついた時には天辺に辿り着いていた。





 そこからは、街の景色が一望できた。




 空気が澄んでいるためか、ずっとずっと先にある山脈まで見渡せる。




 街は日の光を浴びて輝いて見える。宝石を散りばめたようでとても美しかった。




 そして、その光景を眼に映した彼女の瞳も美しく輝いている。




 ラナさんは街を背にしてくるりと振り返り、私を見てこう言った。




「ようこそ、スガさん。ここがボクやカレンが、ブルードさんやパララが住んでいる街ですよ!」




 陽射しと街の輝きの反射を受けたラナさんの姿は神々しさすら感じさせた。




 この人を映えさせるために、街も自然も風も……、すべてが協力しているようだ。私は今の彼女を形容する言葉を持ち合わせていなかった。

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