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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
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第15話 束の間-2

 ユージンを視界に入れたラナさんは怪訝そうな顔をした。




「お久しぶりです、スガワラさん……。『カミル』は仮名だと伺いました」




 私はユージンを一瞥した後、グロイツェル氏の方を見た。




「ユージンが取り仕切っていたギルド『牙』はブレイヴ・ピラーの傘下に入りました。今後は我々の仲間としてこの男には働いてもらいます。ですが、カレンがその前にこの男をスガワラさんに謝らせろ、とうるさくてですね……」




 ユージンの組織がブレイヴ・ピラーの傘下に?




 なるほど、グロイツェル氏は剣士ギルドの拡大に大きく貢献していると聞いたが、おそらくこうした吸収・合併が得意なのだろう。他の組織を取り込んで拡大していったのだと予想した。




「当のカレンは別の任務で外しているため、先日のお礼のついでに連れて参りました」




「スガワラさん、部下があなたにやった分含めて全部私が引き受けますんで、思う存分殴るなり蹴るなりして下さい」




 そう言うとユージンはその場で両手を後ろで組んで頭を下げた。この男はここで私に殴れというのか?




「スガさん、こういうときは思いっきりやっていいと思いますよ!」




 ラナさんが顔に似合わず物騒なことを言う。




「僕は事情をよく知りませんが、一発ぶん殴った方がお互いすっきりするんじゃないですか?」




 ランさんもにこやかな顔でなかなか怖いことを言う。




 私は自分の手を握って見つめた。人を殴るなんて小学生以来ではないだろうか。




「えっ……と、やめましょう。たしかにユージンさんの部下の人たちにはひどい目に合わされました。ですが、傷はもう治っていますし、あなたを殴ったところでなんにもなりませんよ!」




 グロイツェル氏、ラナさん、ランさんは揃って顔を見合わせている。




「スガワラさんがそれでいいと仰るなら、私から申し上げることはありません。ユージンは彼に感謝するんだな?」




 ユージンは顔を上げた。だが次の瞬間、彼の細い眼鏡が宙を舞う。




 ラナさんが頬を思い切り叩いたのだ。




 彼は軽く仰け反るような姿勢になっていた。




「スガさんがよくてもボクはよくありません。黒焦げにされなかっただけマシだと思いなさい」




 彼は無言で床に落ちた眼鏡を拾ってかけなおした。




「スガワラさんはお優しい方だ。そして、いい仲間をもっておられますね」




 そう言うと、今度は私の前に立ってそこで片膝をついた。




「ですが、その優しさに甘えるつもりはありません。必ずなにか、あなたの力になります。それで、義理を果たします」




 私は別にユージンを救ったつもりはない。しかし、彼の中ではそういうことになったのだろうか。元々、ヤクザの若頭みたいな人なので、妙に義理堅いところはあるのかもしれない。正直、こちらには全然ピンとこないのだが……。





◆◆◆





 グロイツェルは、ランギス、ユージンを連れて酒場を出ていった。外の眩しい日差しを浴びながら近くの駅を目指して歩いて行く。彼はふと足を止めて、今出た酒場に目をやった。




「私も……、彼女の『呪い』に巻き込まれているのかもしれんな」




「グロイツェル様、いかがされましたか? まさか忘れ物でも?」




 ランギスは酒場と彼の顔を交互に見ながら問うていた。




「いいや、なんでもない。本部に戻るぞ」




 彼はいつかのシャネイラの言葉を思い出しながら、酒場から遠ざかっていった。 

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