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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
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第13話 すれ違いの二人-6

「今はなにを言ってもダメみたいですね。まったくユタカは思った以上に頑固で困ります。逆に驚きましたよ?」




 ブリジットは両掌を上に向けて首を捻り、諦めのポーズをとって見せた。




「仕方ないので今日のところはここで退こうと思います。もっとユタカが欲しがる情報を手に入れたときに会いに来ますよ?」




 私が欲しがる情報。どうしても欲しい情報が無くはない。だが、それについてこの男に伝えるのは避けたいと思った。




 だが、もしブリジットがなんらかの情報を持っているのなら聞き出したいとも思っている。私もこの男をどうにか利用しようとしているのだ。あまり彼を声高に批判できる立場ではないのかもしれない。




「私のことをどう調べようが気にしない。だが、周りの人に危害を加えるようならブレイヴ・ピラーにお前を突き出すつもりでいる」




「安心してください。あなたの周りにいる人間ははっきり言って僕には危険過ぎる。ブレイヴ・ピラーの――、それも幹部クラスがうろついている。そこに手を出すほどバカじゃありませんよ? それに何度も言いますが、あなたとは敵対したくないんです」




「それなら、私はお前に対して特になにもしないつもりだ」




 この男を放っておくのは、カレンさんやパララさんに対する裏切りのようにも思えた。心は痛むが、それでも今はまだブリジットから聞き出せる情報があるかを調べたい気持ちが勝っている。




「ユタカが僕を野放しにしてくれているのは、わずかでも僕になにかを期待しているんだと思ってます。ですから……、僕はまた新しい情報を持って口説きに来ますよ?」




「勝手にしろ。ストーカーにだけはなってくれるな」




「ご心配なく。そっちの趣味は持ち合わせていませんから」




 ブリジットが席を立ったので、私も彼に続いて立ち上がった。彼は特に支払いもしないまま店の受付を素通りして外へと出ていった。私もついて出たが、仕組みがよくわからなかったので店の方を振り返った。




「この店、中の飲み物代は無料なんですよ。事前に時間に応じた場所代だけ払ってるんです。ユタカになら、カラオケボックスと同じって言えば伝わりますよね?」




 確かに私にだけ伝わるわかりやすい例えだ。つまり場所代は、彼が先に払っていたということか。この男に借りをつくったようで、あまりいい気分ではない。




「ああ、『借り』とか思わなくていいですよ? 2人で入っても値段は変わりませんし、1人でもよく来るところなんです」




「わかった。それなら礼は言わない」




 私はそれ以上なにも言わず、黙って背を向けた。




「また、会いましょう。必ず」




 私は無言のまま振り返らずに歩いていった。ブリジットがその場に留まっていたのか、もうどこかへ行っていたのか、確認もしなかった。






 ブリジットとの話は精神的に疲れるものがある。私は予定していた街の散策を早々に切り上げて、酒場に戻ることにした。帰りの路面電車に乗って、外を眺めながら彼との会話を振り返る。




 そもそも平気で人を騙すあの男の言うことをどこまで鵜呑みにしていいのかわからない。ただ、彼の目的を遂行するうえで、私が協力するとなにかと都合がいいのかもしれない。いわゆる「現代的な知恵」を使っていくつもりなのだろう。




 たしかに、私がこの世界でこうして生計を立てていられるのは、現代で蓄えた知恵を使っているからだ。もっとも、運よくとてもいい人たちと巡り合ったという要素の方が大きいが……。





 ブリジットは詐欺まがいなことをしている。しかし、それもある種の私たちだけが持ち得る知恵を使っているのだ。方向性は違えど、やはりあの男と私はよく似ている。





 考え事をしているとあっという間に電車は目的の駅へと到着した。酒場の最寄り駅は終着駅なので、ここで電車は折り返して、また逆方向へと進みだす。




 私が電車を降りると、逆にそれに乗り込んでいく男とすれ違った。




 私がその男に目がいったのは、ここではあまり見かけない服装をしていたからだ。振り返って見た彼の背中には、大きな金色の紋章が描かれていた。




 あれはたしか王国騎士団の制服だったはず……。このあたりで見かけるのは珍しいな。




 私は少しの間、その男の背中を見つめていたが、彼が振り返る素振りを見せたので視線を外した。ひょっとしたら、見ていたことを気付かれたかもしれない。目が合うと気まずいので、私は何事もなかったように歩いて駅を出ていった。

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