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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
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第13話 すれ違いの二人-3

「ですが、それはあくまで表面の話です。ユタカも関わった『(きば)』のような裏のギルドが幅を利かせて、盗賊が闊歩しているようなところだっていくらでもあります。そういった場所では衛兵団の力もまったく及んでいません」




 私やブリジットが元々住んでいた世界でも少なからずそういった闇の部分はあったはずだ。だが、それは普通に生活している分に滅多にふれることがなく、限られた場所でのものだった。




 その「闇」の部分がこちらでは私が思っているよりずっと広いのだろうか。




「そういった裏側ではシンプルに『力』がすべてです。ギルド間の争いや盗賊の横行、それらが誰にも咎められずまかり通っています。そして、この国の裏でもっとも力を握っているのが『ブレイヴ・ピラー』です。彼らは王国からの要請や粛清といった大義を元に、平気で人を斬っています。カレン・リオンハートも例外ではありません」




「お前はブレイヴ・ピラーがずいぶん嫌いなんだな?」




 これは前に話した時も感じた。ブリジットは、今追われてるのとは別の理由で「ブレイヴ・ピラー」という組織を嫌っているように思える。




「当たり前です。裏の世界でのやつらは、身勝手な正義を振りかざした暴力集団です。ユタカにわかりやすく例えるなら、規模の大きい暴力団が警察の真似事をしているようなものですよ? ただ、その規模が大き過ぎるがゆえに、王国騎士団や衛兵団も下手に手を出せないでいるんです」





 私はブリジットの話を聞きながら、いつかカレンさんが剣士ギルドについて「荒事まみれ」と言っていたのを思い出していた。




「しかし、それはこの世界で『人を斬る』ことが必ずしも『悪』ではないからできるんです。剣士ギルドの連中は自分たちがやっていることを『正義』と思っていても、『悪』と思っている者なんて一人もいないんじゃないですかね?」





 なるほど、ブリジットの言いたいことがわかってきた。「羅生門」みたいな理屈をこねるつもりだろう。




「ようするに、僕たちがいた世界とここは常識が異なります。向こうの世界での正義や倫理なんて持ち込んでも仕方ないんですよ? 今の話を聞いてもあなたがカレン・リオンハートを悪人と思わないのなら、僕だって悪人ではないはずだ」




「お前と正義だの悪だのと討論するつもりはない。ただ信用に値しないだけだ」





 私はこう言い放ったが、彼の話している理屈がわからないわけでもなかった。




 ラナさんが「切り裂き魔」と知ったとき、元の世界にいた私のままなら迷わず警察に突き出す選択をしていたと思う。カレンさんの説得もあってのことだが、私はあの時、これまで育んできた正義感に自ら背いたんだ。





 前屈みになっていたブリジットは、逆に背もたれに大きく仰け反って宙を見上げた。少しして、また私に視線を合わせてくる。




「やれやれ……、本当に嫌われたものですね。ただ、僕はあなたが知りたい情報をいくつか提供することができる。戻れる戻れないとかは別問題として――、この世界と元いた世界の関係は少なからず気になっているはずだ」




 これに関しては、気にならないというとやはり嘘になる。知ってどうなるのか――、なのだが、気にしないではいられないのだ。





「僕は元々、自動巻きの腕時計を愛用していました。それでわかったのは、この世界の1日の時間や暦の捉え方はおおよそ僕たちのいた現代と一緒です」





 なるほど、たしかに自動巻きなら動かしてさえいれば正確に時を刻み続ける。1日の長さが一致しているかどうかも確かめられるわけだ。




「正直言って、『魔法』や『まもの』なんかを除くと、ここが異世界と考える方が不自然なくらいに元いた世界と酷似しています」




 ブリジットの考えは、私が考えている内容と非常によく似ていた。残念というべきかわからないが、この男と私の思考回路は通じるものがあるようだ。




「――なので僕はこう考えています。魔法、というかそれを司る『精霊』という概念、これを認知するか否かで、同じ地球の同じ環境でも、2つの平行世界に分かれているのではないだろうか、とね?」




「そこに関しては、私も同じような考えをもっている」




「ですよね? ここまでよく似た世界を『偶然』で片付けるには無理がある。むしろ起源は同じと考える方がよほど自然と言えるでしょう。けどね――」




 彼はここで急に話のトーンを変えてきた。




「はっきり言うとこんなこと僕はどうだっていいんです。仮説は立てれても立証はほぼ不可能だと思います。なにより、異世界にやってきて、漫画の主人公みたいにこの世の真理に気付いて世界を正したりするんですか? そんなことできるわけないし、そもそも興味だってありません」




 彼は私に話しているというより、まるで大衆に問いかける役者のようだった。

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