第13話 すれ違いの二人-2
「木を隠すなら森の中、っていうじゃないですか? コソコソするより堂々と表を出歩いてる方が怪しまれないもんですよ?」
ブリジットは余裕のある笑みを浮かべたままそう言った。この男はあくまでも、私との関係を「オズワルド」として出会ったときのままでいるつもりらしい。
「あまり怖い顔しないで下さい。前にも話ましたが、僕はあなたと敵対するつもりはありません。むしろお互いにとって有益な関係でいたいんですよ?」
たしかに、まだ推測の段階ではあるが、私と同じ「世界」から来た思われる彼と情報を共有するのはとても有益だと思えた。だが、それを頭で理解できても心が受け付けない。この男の含みを持った笑顔を見るだけで嫌悪感が先に出る。
「ユタカが僕に敵対心……、いや、これは嫌悪かな? それを抱く理由は大体わかりますよ。それはきっとパララ・サルーンの件やユージンらの件とも別の問題だ」
彼は少し前屈みになって私の眼を見据えてきた。テーブルを挟んで座っている私たちだが、彼はそのテーブルに肘をつく姿勢になる。
「一応、『情報屋』を名乗ってますのでユタカのことはいろいろと調べています。その名前が目立ち過ぎるというのもありますけどね?」
「なんでもお見通しって感じの口調だな?」
「少なくとも、この世界でなら誰よりもあなたの思考は理解できると思ってますよ?僕に対するその感情は、きっとここにくる前に育まれた『正義感』と『倫理観』のせいですよね?」
ブリジットは疑問形で語りかけてくる。彼の言葉に私は無言でいた。
「僕は人を『騙す』、『利用する』をして生きてる人間だ。そして、これはユタカもその気になったらできる。あなたの商才や知識はこの世界でそれをするのに十分なものだ。けど、それをしないのは『悪いこと』、『してはならないこと』と思っているからです」
「人を騙してお金を巻き上げ平気な顔をしている方がどうかしている」
私はきっぱりと言い切った。
「果たしてそうでしょうか? 例えば……、あなたが懇意にしている『カレン・リオンハート』について話をしてみましょう」
この男の口からカレンさんの名前が出てきたのが妙に気味悪かった。彼なりに私のことを――、その周囲を含めてよく調べているのが伝わってくる。
「ユタカが知っているかわかりませんが、彼女はもう何人も人を殺しているはずです」
私は頭に血が上ったのを感じた。感情の抑えがきかない。
「カレンさんのことを悪く言うな!」
ブリジットが「カレンさん」の名前を口にするだけで嫌な気分になる。思わず声を荒げてしまった。
「それは違いますよ? 僕は『カレン・リオンハート』について一言も悪く言っていない。『人殺し』をあなたが勝手に悪いと思っただけですよ?」
彼は右手の人差し指を立てて口に当て、静かに、と言うような仕草をして見せた。
この男とパララさんが関わった一件で理解はしていたが、言葉巧みに人の心を揺さぶるのが得意なのだ。
ペースに乗せられてはいけない。
頭ではわかっている。
だが、こちらの感情を刺激するような話をしてくる。
これも含めてこの男の話術なのだろう。
「ここは表面的にはとても平和な国で、この町も穏やかなところです。それこそ、衣服やどうぐが切り裂かれる事件程度で、切り裂き魔がどうこう騒ぐレベルにね?」
「切り裂き魔事件」についてはあまり話したくなかった。これに限ってのみ、私は誰もよりも詳しく知ってる人間のひとりだ。下手に話すと余計なことをもらしてしまいそうな気がする。
逆にこの男はそれについてどれほど知っているのだろうか?




