表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
157/214

第12話 怪物の器-2

「それが……、わからないんだ」




 コーグさんの一言を聞いた時、私はなにかを聞き違えたのかと思った。それくらい予想していなかった言葉。だが、彼からきちんと説明を聞いてその真意を理解する。





 彼に声をかけた翌日の昼間、約束通りコーグさんは酒場を訪れた。カウンター席に座った彼は、差し出された水を一気に飲み干してしまった。それを運んできたラナさんは少し驚いた表情をした後、すぐに2杯目を持ってきてくれた。




「ありがとう、お嬢さん。――これはなんと美しいお方だ! よかったらお休みの日に食事でもどうかな?」




 ラナさんはまた驚いた顔をした後、一瞬だけ私の顔を見た。そして、コーグさんに視線を戻して、にこりと笑って話し始める。




「ふふっ、お食事ならここで出してますので、いつでもいらしてくださいね?」




 ラナさんを一目見ていきなりナンパを仕掛けたコーグさんだったが、彼女はさらりと受け流して、カウンター奥に消えていった。口説きを躱すのはきっと百戦錬磨のはずだ。




「スガワラさん、あんな綺麗な人と一緒に働けるなんて羨ましいぞ。オレも冒険家がダメんなったら雇ってもらえないかな?」




 それは骨折でもした時に考えろ、と心の中で言いながら、私は話を本題に戻した。





 コーグさんはフリーの冒険家だ。個人で依頼を引き受けてその報酬をもらうのを生業としている。その中でも「遺跡の調査」を主な活動内容としているそうだ。




 「調査」といっても彼が実際に行うのは「護衛」や「討伐」だ。王国の調査隊に同行して、まものと戦うのがほとんどらしい


 これだけでも当然報酬は入るのだが、冒険家はもう一点、「とある権利」が認められている。それは、遺跡調査中に見つかったものを一部自分のものとして持ち帰れるというものだ。




 もちろん、なんでも全部持ち帰れるわけではない。だが、武器や装飾品の類はほとんど許可されていると話していた。





 この話を聞いた時、私は武器屋のハンスさんから依頼を受けた「重たい大剣」を思い出していた。そういえば、あれも遺跡から発見された武器、と言っていた。


 冒険家が遺跡から持ち出したものを商人が買い取って、市場に流通していく仕組みなのだろう。




 問題はこのコーグさん、遺跡から「よくわからないもの」を持ち帰ってしまうらしい。武器なのか、装飾品なのか、それともまったく別の用途の「なにか」なのか――、本人はなにもわからないまま、「なんとなく価値がありそう」で取ってきてしまう。





「目利きの商人に見せたら値をつけてくれるかも、と期待して持って帰るんだが、逆に『これはなんですか?』と聞かれてしまう。それはオレにもわからん。だから買ってもくれん。そういうものが家に転がっているんだ」





 なるほど、「わからない」の意味はそういうことか。売りたいものはあるのだが、それがなんなのか彼がわかっていないのだ。つまりは、彼が持っている物のそもそもを突き止めるところから必要になる。





「うーむ、お品を見てみないことにはなんとも申し上げられませんが――、その、いつまでに売りたいとか期限はありますか?」




「なんでもいいので早く売ってお金に変えたい! 実は今けっこうお金に困っているんだ。近頃、『黒の遺跡』に王国の調査隊の手が割かれていて、遺跡調査の仕事が減っている」





 コーグさんは平然と口にしているが、わりと深刻な状況ではなかろうか。そんな状況でよくラナさんを食事に誘えたものだ。




「とりあえず、今日は軽いやつを1つ家から持ってきた。まずはこれをお金に変えてほしい。引き受けてくれるか?」




 そう言って彼は、カウンターの上に「なにか」を置いた。




 見た感じは金属でできた筒状の容器(?)だ。全体に謎の絵柄が書いてある。これをなんと形容していいのか、うまい例えば見つからなかったが、幼い頃に見た特撮ヒーローものにこんな感じの顔の悪役がいたのを思い出した。




 「半魚人」と例えるのが一番しっくりくるだろうか……。そもそも半魚人を見たこともないのだが。




 その容器には蓋が付いていて今は閉じてある。気になるのはその容器から棒状の持ち手のようなものが伸びていて、そこを持つと容器の部分が提灯のようにぶら下がる格好になる。




 これはなにか聞こうとしたが、持ってきた当の本人もそれがわからないのだった。




 水筒……? いや、簡易な水筒なら遺跡に入ったときに使った。こんな棒みたいなものはいらないだろう。わかったのは、今目の前にある「なにか」の用途を見つけて、商品として売るのが今回の依頼ということだ。





「わかりました。いくらで売れるかわかりませんが、やれるだけやってみます。売れた金額の半分を私が報酬としてもらう契約でいかがでしょう?」




「半分がスガワラさんの取り分か。それならがんばって高値で売ってくれ! どのみちこのままではただのガラクタだ。その条件でいいぞ!」





 彼はカウンター越しに右手を差し出してきた。こういう文化は万国――、異世界含めて共通なのだろう。私は彼の手を強く握ってその意思に答えた。





「期待しているぞ、スガワラさん。3日後にまたここに来るからできればそれまで売ってほしい。本当に生活に困っているんだ」





 ――3日後だって?




 あとから当たり前のように厳しい条件を付け加えてくるなんて……。恐ろしくマイペースな人だ。こうしてコーグさんはカウンターの上に謎の物体だけを残して去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ