第11話 漆黒の意思(後)-3
「サージェくん、ちょっと面倒なところに来てしまったようですね?」
「はい、そのようです。ランギス様、いかがしましょうか?」
サージェ氏とランさんの灯りが私たちのところに戻って来た。「面倒なところ」とはどういう意味だろうか?
「ここは分かれ道になっていますね。3方向に通路があって、どの道もその先の様子がわかりません。この人数で手分けするわけにもいきませんし、どの道を選ぶかは考えものですね」
「各通路の入り口を念入りに見てみましたが、人が通った痕跡は見つかりません。ですが、カレン様と最初にまものの群れと遭遇した場所から、ここに至るまで分かれ道はありませんでした。つまり、カレン様はこの3つの道のいずれかを進んだはずです」
「カレンちゃんなら分かれ道を通るときには、なにか印を残していきそうですけどね……。もちろん気付かなかったり、そんな余裕もなかったというのも考えられますけど」
「あまり時間をかけたくはないが、もう少しそれぞれの通路を調べてみるしかなさそうだな」
サージェ氏から明らかな苛立ちを感じる。彼らの会話を聞きながら、私とラナさんはずっと背中合わせの状態のままでいた。
その時――、私はたしかに「声」を聴いた。
「ラナさん! 今の声、聞こえましたか!?」
私は顔の向きをそのままに後ろにいるラナさんに問いかけた。
「声……、ですか? えっ……と、まものの?」
私の声が大きかったせいか、ランさんとサージェ氏がこちらに駆け寄って来る。口々になにがあったと尋ねられた。
「今の『声』です! ランさんが調べていた通路の方から聞こえました!」
ランさんは首を傾げている。
「声、ですか? うーん、と……そういえばたしかに僕のいた通路の方からまものの声がしますね?」
なんだ? 私が伝えたいことと微妙にズレている。
「違うんです! まものの声ではなくて――」
「カレン様の声がしたというのかっ!?」
サージェ氏がすごい剣幕で迫ってきた。
「えっ……と、ランさんのいた通路の方にカレンさんはいると思います」
「よくやった、スガワラ! それでこそ連れてきた甲斐があるというものだ!」
なんだ、この状況は? 私以外にこの「声」は聞こえていないのか?
「僕にはカレンちゃんの声は聞こえませんでしたが――、ここで迷っていても仕方ありません。こちらの通路を進んでみましょう」
「ひょっとすると、スガさんはとっても耳がいいのかもしれませんね」
サージェ氏を先頭に、隊列を戻して「声」のした通路を私たちは進んだ。右に左に何度か曲がった時にサージェ氏が呟いた。
「まものの気配……、これは1匹や2匹ではない」
誰でもわかるくらいに、あの巨人の唸り声のような音が聞こえてくる。それは明らかに1匹の個体から発せられているものではない。しかし、視界に現れる気配は一向にない。サージェ氏は焦る気持ちを抑えつつ、ゆっくり進んでいるようだった。
ランさんもこれまで以上に後ろを警戒している。ここに来る前に分かれ道があった以上、選ばなかった道からまものがやってくる可能性は当然あるはずだ。
警戒しながら進むとその道の果てに、またしても開けた広い空間に出た。そして、その部屋の壁際に見慣れた人影を見つけた。
「カレン様っ!」
サージェ氏は大声で叫んで彼女の元へ駆け寄った。
「ちょっと、サージェくん! 迂闊に飛び出すと危ないですよ!」
先頭のサージェ氏が走り出したことで、つられて私とラナさんも、そしてランさんも前へと駆け出していた。だが、私たちは揃って次の一言に耳を疑うことになる。
「バカっ! こっちに来るな!」
それは耳慣れた……、間違いなくカレンさんの声だった。




