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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第10話 黄昏の追憶(後)-4

「なにが足りなかったっていうんですか!?」




 私は上司の課長に詰め寄っていた。だが、課長も「詳しい事情は知らない」、とそれ以上なにも話してくれなかった。





 私は正社員登用試験に落ちていた。





 試験を受けた人間のなかで私以上の営業成績はいないと断言できた。だとしたら、筆記試験の成績が悪かったのか。こればっかりは自分が一番、と言い切れるものではない。それでも、そこで逆転できるほどの人間がいたとも到底思えない。




 どうしても納得ができなくて、私は声を荒げていた。




 心のなかで、もやもやがくすぶったまま私はお店の仕事をしていた。空き時間ができる度に、試験問題と答案が頭のなかに現れ、どこか間違っていたのか、ひょっとしてマークする番号がずれていたのか、といった記憶を無意識に辿っていた。





 数日後、社内のメールで正社員登用された人物が紹介されていた。採用された人について、私は名前だけ知っていたが、その人は特別目立つような人ではなかった。それは社内の実績で、という意味であり、その人に自分が負けたのが信じられなかった。




 しかし、この社内メールの後、スマホの会話アプリの中にある社内グループでこんな会話が繰り広げられていた。




『正社員登用された人、協力会社の部長の息子さんらしいですね(笑)??』


『公募してたけど、結局は出来レースだったわけか』


『せっかく勉強したのにアホらし! ほんとにムカつく』


『筆記試験の勉強時間返せ!』




 これを見て、私は急に生気が抜けたようになった。




 今までがんばってきたのに、急に会社に裏切られたと思ったからだ。




 本当にふざけている……。




 私の努力はなんだったのか。




 今までこの会社で積み上げてきたものが急にバカバカしく思えてきた。この日は店舗の仕事にまったく身が入らないまま、定時で退社した。




 家に帰ると、今まで感じたことのないような倦怠感に見舞われた。なにもやる気が起きない。


 仕事帰りはいつも外食をしていたのだが、今日は真っすぐ家に帰ってきた。晩ご飯が喉を通るように気がしなかった。部屋の明かりをつけずに、なにもかも忘れて寝ようと思ったが、残念ながら眠気もやってこなかった。




 会社の人間にもてはやされて、私がそれに酔っていたところはあるかもしれない。それでも、この会社の利益のためにと働いてきたつもりだ。求められる実績にいくため毎日残業をした。自分の良心も欺いてきた。友人からの誘いも仕事を優先して断っていた。その結果がこれなのか……。




 正社員になったらもっとがんばれると思っていた。こちらのがんばりに報いてくれる会社だと思えたはずだ。




 それがまるで逆じゃないか?




 そもそも見返りを求めるのがいけなかったのか?




 だったら最初からもっと緩く仕事と向き合っていた。




 友人の誘いの日には休みをとるようにもしたはずだ……。こんな結果しか待っていないんだったら――。




 休日だってもっと別の過ごし方を思いついていたはずだ。





 私が苛立ちを募らせているときに、ケータイが鳴った。真っ暗な部屋の中でスマホの画面だけが明るく照らされている。


 画面には「ヤス」と表示されていた。私は電話に出ようとスマホを手に取ったが、そのままじっと画面を見つめていた。




 ――正社員にはなれなかった。




 また次の機会があるかもしれないが、それはいつの話だ?




 ヤスには自信満々に「正社員になれる」みたいな話をしてしまった。今の自分があまりに格好悪くて電話に出る気分になれなかった。




 ヤスの電話のコールは長かった。やがて、切れた、と思うと改めてコールが鳴った。私はスマホの着信音をサイレントに変更して見ないようにした。


 いくらヤスが相手でも今は誰かと話したい気分ではなかった。真っ暗な部屋でもやもやとしながら目を瞑っていた。本当に最低の気分だ。





 翌日……、私は昨日の電話に出なかったのを一生後悔することになる。




 それは気持ちの整理ができていないまま、お店で働いているときに古い友人からの連絡で知らされた。




 ヤスが自殺した……。

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