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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第10話 黄昏の追憶(前)-2

 ブリジットと認めた彼に名前で呼ばれるのはとても気味の悪いものだった。彼は頭を上げると再び元いた席に座って話始めた。




「正確には情報屋の『オズワルド』として普段は生活してますから、『ブリジット』の方が仮名に近いですよ。ねぇ、『カミル』さん」




 この男は私が以前、咄嗟に思いついた仮名を覚えていたのか。だが、これを知っているのはあのユージンという男とその一味、そしてブリジットしかいない。彼はこのふざけた言い回しで、私が正解に辿り着いたと教えてくれているんだ。




「あなたが私を探し回っていると知った時からとても興味がありました。それはもう、私に対するあなたと同じくらいに、です。普通に名乗り出てもよかったんですが、あなたの周りにはブレイヴ・ピラーの連中がうろちょろしている。まったく蠅みたいにうっとおしい奴らだ」




 彼は「ブレイヴ・ピラー」について明らかに嫌悪感のある話し方をした。




「えっと……、もう面倒なんで普通に話しますよ? 今まではなんていうか――、『ビジネス』の話し方をしてたんです」




「今は話し方なんてどうでもいいだろ!」




「なんか怒ってます? ユタカが僕を恨む理由ってなんかありましたっけ……? パララ・サルーンを利用したのはたしかに僕ですけど、直接あなたには関係ない話でしょ? ユージンたちがやった件はたしかにちょっと悪かったと思いますが、あれもあいつらが勝手にやったことです。頭悪すぎるんだよな……、もうちょっとやり方あるだろって話です」




「ユージンたちは仲間じゃないのか?」




「違いますよ? 利用しやすそうだったから使ってやっただけです。頭悪いやつは扱いやすいけど、悪過ぎるのも考えもんだなぁ」




 彼は独り言のようにそう呟いた。同じ人間のはずなのに「オズワルド」として話していた時と別人のように感じられる。




「こんな話できるのはユタカを信用してるからですよ。あなたは私に聞きたいことが山ほどあるはずだ。ブレイヴ・ピラーに売り渡したりは絶対にしてこない」




 変なとこで信用されたものだ。だが、実際に彼の言っていることは正しかった。




「デカい組織で偉ぶってるやつって嫌いなんですよね……。ブレイヴ・ピラーはその中でも一番嫌いなんです。身勝手な正義を振りかざすおかしな連中だ」




「お前は一体なにが目的なんだ?」




「ははっ……、ユタカは本当にそんなことが知りたいんですか? 私に聞きたいのはもっと別のことでしょ? たとえば――、この『世界』はどうなっていて、どうやってここへ来たのか、とかかな?」




 彼は舞台役者のように両手を大きく広げて天を仰いで見せた。




「お前はそれを……、知っているのか?」




 彼は相変わらず余裕のある笑みを見せながら少しだけ顔を寄せてきた。




「ですから僕は『情報屋』ですよ? 簡単にそんなこと話すと思いますか? でも、あなたとはいろいろと情報交換をしたい。ひょっとしたら僕がまだ知らないようなことを知っているかもしれませんからね?」




 彼はまた席から立ち上がると私の席から数歩離れたところで話始めた。




「今日はお互いの自己紹介ってことで終わりにしましょうよ? のんびりしてたらここにパララ・サルーンやら金獅子カレンが来るかもしれないんでね?」




「待て! 話はまだ全然終わってない!」




「以前みたいに約束して……、はちょっと無理ですけど、必ずまた会いにいきますよ。ここで僕たちが出会えたのはある意味奇跡です。なのに敵対するなんてもったいないじゃないですか?」




 「奇跡」……。そうだ、奇跡だ。異世界にやってきて同じ境遇の人間に会えるなんてあり得ないと思っていた。ブリジットについて知るまでは……。




 彼をなんとか呼び止めようとしたが、人込みに入ろうとしていた。だが、去り際に振り向いた彼は一言だけ残していった。





「ああ、そうだ。ひとつだけ――。もう知ってたらごめんなさい。僕たち、元々の世界で多分、死んでますよ?」

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