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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第9話 不感の才能(後)-5

 私は闘技場の選手退場口を歩いていました。最後のヴォルケーノで魔力がほとんど尽きてしまって息も絶え絶えです。薄暗い廊下をゆっくりと進み、徐々に外の光から遠ざかっていきました。




 その時、後ろから誰かが追ってきているのに気が付きました。





「これ……、忘れ物よ?」





 振り返ると、アレンビーさんが私の三角帽子を持って立っていました。そういえば、途中で飛ばされていたのを忘れていました。




「アレンビーさん、いいんですか? ()()はもうちょっと舞台に残ってるものと思います。お客さんがきっと困惑してますよ?」




「『勝者』か……。最後のヴォルケーノ、私を気づかって外したわね!?」




 アレンビーさんの語気は厳しかった。勝ちを譲られたと勘違いしてるのかもしれません。




「気づかってません。思ったより距離を詰められてました。あのまま的に向かって撃っていたらアレンビーさんにも当たって、私の反則負けになります」




 「サスティナ」を使ってずっと維持し続けていたヴォルケーノを私は外した。




 絶対に外さない射程、絶対に防御が間に合わないタイミングを狙う、と最初から決めていました。




 ですが、巡ってきたそのタイミング……、撃つ瞬間にアレンビーさんが思った以上に接近してきていました。私はヴォルケーノを的にかすかに触れるくらいの角度で放ったつもりでしたが、結果それは外れてしまいました。




 魔力が尽きてしまった私は、次にアレンビーさんが放ったファイアバルーンを防ぐ手がなく、あっさりと的を落とされました。




「魔法闘技じゃなくって、実戦だったら私の負けでしょ?」




「それもわかりません。魔法闘技じゃなかったらこんな闘い方もしてませんから」




 アレンビーさんは私に歩み寄って帽子を被せてくれました。彼女の方が身長が高いので、見下ろされるような恰好で見つめられています。




「なによ……、あんた普通にしゃべれるじゃない?」




「えっと……多分、今だけです。もう少しすると話せなくなります」




「はぁ、なにそれ? どういうこと?」




「私、魔法を使う時だけなんていうか……、心がとてもクリアになって視界も広がって、世界がいつもよりほんの少しだけゆっくり進んでるみたいになるんです。その時だけは緊張とか無くなるんです」




「ふぅん……、『ゾーン』に入ってるのかな?」




「ゾーン……、ですか?」




「ううん、なんでもない。なんかスッキリしたわ」




 彼女は大きく伸びをして天井を見上げていました。




「今になってようやくわかったわ。私、本当はあんたと正面から向かい合って闘いたかっただけなのかもしれない。なんかとってもいい気分だわ」




「それはきっとアレンビーさんが勝ったからです。私は悔しいです」




「私は勝ったと思ってないわよ。けど、あんたが悔しがってるの見るとそれも悪くないかもね」




 アレンビーさんは私の顔に視線を戻すと、右手に持っていた杖を左手に持ち替えました。そして服の裾で掌を拭った後、私の前に差し出してきました。




「はっきり言って納得できないけど、一応私の勝ちなのね。けど、またやりましょうよ。今までのどの闘技より楽しかったわ。()()()()()?」




 彼女はちょっぴり照れくさそうな顔をしていました。けどその表情は今まで見たどの表情より可愛らしくも見えました。




「はい! 次こそは私が勝ちますよ!」




「ふん、臨むところよ」




 私は彼女の手を強く握りました。握り返してくる手は力強く、優しくて暖かいものでした。





◆◆◆





 試合の勝者が早々に闘技場から姿を消して観客席はざわついていた。




 魔法についての理解が浅い私でも手に汗握る試合だった。もっともそれは、パララさんが必死に闘っている姿を見ていたからだろう。ブルードさんが「取り乱しそう」と言っていたのを思い出す。そこまではならなくとも、気持ちは理解できた気がする。




「いやぁ……、すごい試合でしたね。アレンビーが勝ちましたが、パララ・サルーンもこれから注目されますよ? 彼女がこれから魔法闘技に姿を現すのかはわかりませんが――」




 オズはちらりと左手の甲のあたりを気にする仕草をしてみせた。アレンビーが闘技場に戻ってくる気配はなく、観客席では人の波が出口の階段に向かい始めていた。


 この後もいくつか4人制の魔法闘技が組まれているようだが、多くの人たちはこの決闘目当てだったようだ。




 試合内容を振り返る声やアレンビーの勝利に興奮する声、熱心に魔法について考察する声などなど……、様々な声が入り混じって聞こえてくる。





「ユタカ、申し訳ないですが今日もこの後、ちょっとした用事があるんです。私はここで失礼しようと思います」




 唐突にオズはそう言ってこの場を離れようとした。ただ、私は彼を呼び止めた。どうしても確認しないといけないことがある。




「お話はまた次回に聞きますよ。よければまた同じときに例のカフェで会いましょう」




 彼は私の制止を振り切るように帰りの人の波に溶けていこうとしていた。私は自分の声が周りの喧騒にのまれる前に彼の背中に向かって問いかけた。




「待ってください、ブリジットさん!」

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