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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第9話 不感の才能(前)-5

「ああ――、そういえばお互いもっと簡単に呼び合いません?」





 唐突にオズワルド氏からこう提案された。




「私は知り合いから『オズ』と呼ばれています。『オズワルド』と最後まで言うのは面倒ではありませんか?」




 呼び名についてそこまで考えていなかったが、彼がその方がいいのなら従おうと思った。




「わかりました。では、今から『オズ』と呼ばせてもらいます。よろしく、オズ」




「はい、私も……、そうですね。先日、名前入りのカードをもらいましたから、『ユタカ』と呼んでもいいですか?」




 名字の頭をとって「スガ」は、これまでずいぶんと呼ばれてきたが、下の名前で呼ばれるのは珍しかった。こちらでの例外はパララさんの言う「ユタタさん」くらいか……。ただ、特に悪い気はしない。




「それでは、今から『ユタカ』と呼びますね。よろしくお願いします」




 そんなやりとりをしていたら闘技場前に到着した。




 今回は自分でチケットを買って入場する。入ってすぐのT字路は前回と同じで左へ曲がった。観戦席に出るまでの廊下、なぜか私は緊張で手に汗をかいていた。きっと数時間後に、同じように廊下を歩いてパララさんは決戦の地に降り立つのだ。この緊張はその様子を想像していたからかもしれない。





 観戦席へ出ると2人で迷わず最前列の立ち見のところへ行った。すでに数組の人たちが陣取っていたが、まだまだ空きスペースはある。




「あとは決闘の時間までここで過ごしましょう。下手に動くと戻れないかもしれませんからね?」




 オズは最前列にある手すりを何度か掌で叩きながらそう言った。




「そうしましょうか。いや、なんというか付き合わせてしまって申し訳ないです」




「いいんですよ。私も興味ある決闘でしたからね」





 闘技場では、すでに4人制の魔法闘技が繰り広げられていた。だが、パララさんの決闘に頭が奪われていてあまり興味がわかない。




「まだ決闘の開始までは時間があります。『パララ・サルーン』についての話の代わりと言ってはなんですが、この前みたいにユタカ流の販売のコツを教えてもらったりできませんか?」




 彼は笑顔でそう問うてきた。商売の話にそんなに興味があるのだろうか?




「わかりました。では、これまでの私とオズの会話の中で自然と使われている方法をお話しましょう」




「私たちのやり取りの中で、ですか?」




「そうです。もっとも私たちに限った話ではなく、誰しもが無意識に行っている方法ですね」




 彼は先日と同じく、手帳を開いて白紙のページを探していた。私は彼がメモする準備が整うのを待ってから話を始めた。




「これは言葉にすると、少しズルい方法に思えますが……、簡単に言うと、先に相手になにかしてあげる、ことです」




「うーんと――、なにか例え話をもらえませんか?」




「例えば……、私がオズに聞かれる前に『パララ・サルーン』の情報について話をしたとします」




 ここでは彼女をあえて『パララ・サルーン』とフルネームで呼んだ。オズをまだ完全に信用しているわけではない。呼び方で親密度合いを見られるような気がしていたのだ。




「それは……、とてもとてもありがたいですけど?」




「その後に、私がなにか重要な情報をあなたから聞き出そうとしたらどうです?」




「うーんと……、それは内容によりますけど、きっと話してしまうでしょうね」




「つまり、そういうことです」




 オズはわずかな時間、斜め上の虚空を見つめた後、なにかを納得したように頷いて見せた。




「ああ、なるほど。これはちょっとわかった気がします。先に無条件で相手になにか与えて『貸し』をつくるんですね?」




「その通りです。人は無意識に対人関係を均衡に保とうとします。なにか一方的に与えられるだけでは不安になります。これを応用して、商品を見に来た人に有益な情報を無条件で与えてあげるんです」




「与えられると、返したくなって……、商品を買ってしまうわけですね?」




「そうです。こうして言葉にしてしまうと、ズル賢い方法に思えてしまいますが、私たちは日常的に無意識でこれを行っています」




「ああ、言われてみれば思い当たりますね。こうしてきっちり説明されると面白いもんです」




 オズとこうした話をするのは退屈ではなかった。彼と打ち解けていった上で、いつかは聞いてみたいことがいくつかある。




 「情報屋」としての彼は、私の知りたい情報をもっていたりするのだろうか?




 我ながら打算的な付き合いをしているな。それでも彼との会話を楽しんでいるのは偽りではなかった。

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