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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第8話 会話の産物(後)-5

 外へ出る時、シャネイラさんは再び仮面をつけていた。素顔を見たせいか、今まで感じていた得も言われぬ不気味な雰囲気は感じなくなっていた。




「お時間をいただきました。ラナンキュラスにもよろしく……、と言いたいところですが、話さないほうがいいでしょうね」




「こちらこそ貴重なお話をありがとうございました」




 私は深々と彼女に一礼した後、駅に向かって歩き出した。シャネイラさんといた店の中が静かすぎたのか、外の喧騒がいつも以上に騒がしく聞こえる。歩きながら彼女と話した内容を頭の中で整理する。





 大事な話が2つあった。




 まずはブリジット捜索の話。協力すると口では言ったが、私はどうしてもこの男にひとりであって話をしてみたかった。ユージン率いる連中に捕まって暴行を受けた時、ブリジットが私を何者か知りたがっている、と話していたのを覚えている。




 私と同じように向こうもこちらに興味をもっているのだ。もしブリジットからなにかアクションがあればブレイヴ・ピラーより早く彼を見つけ出すことができるかもしれない。


 ただ、彼……、もしくは彼を取り巻く人物が非常に危険ということも十分過ぎるほど理解している。捜索については慎重にしないといけない。




 もう一つはラナさんとシャネイラさんの関係だ。今聞いた話に嘘はないと思う。彼女が仮面を外して話してくれたのは「腹を割って話す」意思表示だと思ったからだ。


 ただ、少しひっかかる部分もないわけではない。彼女が執筆していた論文が仮に公開されなかったとしたらどうなっていたのか、だ。




 それが世に出なかった場合、ラナさんが精霊使い、という仮説はシャネイラさんだけが知っていることになる。彼女はラナさんを自分の近くに置きたかった、と自ら語っていたる。つまり、ラナさんの力を欲していたのは王国騎士団やいろんなギルドだけではない。


 他人事のように語っていたが、シャネイラさん自身もラナさんの力を欲していた者のひとりだ。




 そして、今でも水面下でそれらの動きはあると話していた。シャネイラさんも同様にラナさんの力を我がものにしよう動いているではないだろうか。そのために私に近づいた可能性も十分考えられる。


 あまり悪いようにばかり考えたくないが、大きな組織のトップに君臨する人が「良い顔」ばかりもっているとも思えなかった。





 ラナさんにこの話はとてもできない。王国やギルドが具体的にどういった方法でラナさんを引き込もうしたかは聞かなかった。けれど、それはきっと彼女にとって思い出したくない過去なんだと思う。そこに両親が殺害された事件も絡んでいる可能性があるのなら尚更だ。




 ラナさんは自分が魔法使い、ということをあえて隠しているようでもなかった。カレンさんもそこは普通に話をしていた。それでもきっと、あまり触れられたくないところなんだろう。





◆◆◆





 シャネイラが例の店を出て歩き始めた時、前を行く2人の護衛の前に1人の女性が立ちはだかった。護衛たちはもちろん――、シャネイラも彼女のことはよく知っている。彼女は護衛と同じ制服を身に付けているからだ。





「こんなところでどうしました……、カレン?」





 スガワラと別れてからまだ、それほど歩いてはいない。前に立つカレンの顔は険しかった。




「今、一緒にいたのはスガだよね……。なに話してたのさ?」




 仮面のシャネイラの表情はわからない。ただ、かすかに笑いをにじませたような話し方でこう言った。




「どうしました、カレン? まさか彼と2人きりで会っていたことに焼きもちをやいているのですか?」




「おふざけに付き合うほど今機嫌がよくないんだよ、シャネイラ」




 カレンは魔法の写し紙の一辺をひらひらと手に持って振っていた。




「その紙は……、そういうことですか。訪問予定のギルドに私が現れないので、本部に連絡が入ったのですね。察しのいいあなたですから、魔法闘技場に行っている予定と時間からここにいるのではないか、と予想をたてて来たわけですか?」




 カレンは相変わらずの険しい表情のまま答えた。




「大正解。私も写し紙で連絡しようと思ったけど……、シャネイラが約束の時間に遅れるのは普通じゃないからねぇ。ちょっと胸騒ぎがして直接来てみたら、なんとスガと一緒に出てくるじゃないか?」




「彼とは闘技場で偶然出会っただけです。少し親睦を深めようと思ったのですよ?」




「シャネイラ……、私は剣士としてのあんたも、ギルドマスターとしてのあんたも信用してるし尊敬もしてる。けど、ラナに関わることに限っては信用できない」




 シャネイラは何も言わずにカレンの顔に目を向けていた。




「カレン様! いかにあなたといえど、マスターにそのような物言いは――」




 護衛のひとりがそう言って話に割って入ろうとした。だが、シャネイラはそれを制する。




「構いませんよ。真っすぐで恐れを知らないところ……、それが彼女の魅力です。私が隊長に置いているのはそういうところに惚れこんだからです」




 シャネイラは真っすぐ前に進んで歩き、カレンの真正面までやってきた。




「ラナにこれ以上関わるな。スガにもだ」




「フフ……、単なる友達付き合いですよ。あなたに咎められる謂れはありません」




 そう言ってシャネイラは、カレンの横をすり抜けて振り返らず歩いて行った。護衛の2人がその後を慌てて追っていく。




「カレン、私は『あなたたち』の敵ではありませんよ?」


 


 その場に残されたカレンは下を向き、歯を食いしばっていた。

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