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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第3章 友達
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第8話 会話の産物(前)-7

 ブリガンは膝を折ってその場に崩れていた。彼自身に直撃はしていないので、精神的なダメージによるものだろう。




 観客席はわずかな静寂の後、大歓声に包まれた。「アレンビー」のコールが耳の奥に響き渡ってくる。




「いやー、強い。賭けは私の負けですね。次回は私が奢りますよ」




 オズワルド氏は特に悔しがるでもなく、にこやかにそう言った。私は、目の前で起こった出来事の情報に頭が追い付いていなかった。よくわからないままに終わっていた、というのが正直な感想だ。


 この1戦が目当てだったのか、観客たちはぞろぞろと列をなして階段を上がっていっている。




「ある程度人がはけてから私たちも出ましょうか?」




 私は軽く頷くと、彼に尋ねてみる。




「今の決闘……、解説とかお願いできたりしませんか?」




「はじめてでしたらよくわかりませんよね? わかりました。私がわかる範囲で――、になりますけどね」





 オズワルド氏の解説のおかげで今の決闘の内容がなんとなく理解できた。




 私が考えていたように、やはり魔法には射程があるらしい。最初の立ち位置から魔法を撃ちあっても、届かないか当たらないかのどちらかになってしまうようだ。




 ブリガンは氷の魔法を得意とする魔法使いだという。最初に放った「アイシクルランス」は威力の低い下級魔法。


 おそらく狙いは「的」ではなく牽制。直接本人に向かったように見えたが、見過ごしても当たらず、アレンビーを動かすのが目的だった思う、というのがオズワルド氏の見立てだ。




 ただ、アレンビーは「魔法結界」、攻撃を防ぐための結界を使って動かなった。




 私には全然わからなかったのだが、この魔法結界による防御が実はすごいらしい。理由は「魔法結界」という防御をするためにも呪文詠唱が必要なこと。


 詠唱が終わる前に相手の魔法が届いてしまったらおしまいだ。さらにどの程度の結界をはるか、という問題。




 どうやら魔法結界は、術者で強度をコントロールできるらしい。強い魔法を防ぐための強固なものから、簡易なものまで強弱を調整できる。ただし、強さと詠唱時間が比例するため、超強力なものをすぐに展開することはできないらしい。




 つまり、自分の詠唱時間と向けられた魔法の威力を瞬時に判断しなければならない。飛んできた魔法をただ防いだだけに見えたが、わかる人からすればそれなりに高度なやり取りだったようだ。





 戦いは次の一手で決着した。オズワルド氏曰く、




「魔力が高くて詠唱も早い魔法使いにあれをやられると終わりですよね」だった。





「スガワラさんが魔法を使えたとして――、魔法結界を張って一歩も動かない相手だとどうしますか?」





 私はゲームでもやっている気持ちになって考えてみた。




「結界を破れるほどの強力な魔法を使う、でしょうか?」




「その通りです。相手が動かないとなると結局は力業になるんですよ。事実、ブリガンもそうでした。次に放った魔法は上級魔法です。ご存知かもしれませんが、魔法は威力が上がるほど詠唱時間がより長くなります」




 これは以前にパララさんから少し聞いた話だ。「ローゼンバーグ卿」という例外を除いて……。





「詠唱が長くなるのは、隙が大きいのとイコールなんです。ただ、そのリスクに見合うだけの高火力の魔法が放てます。ところが、アレンビーの場合それを待っていたんですね」




 私はまだ話が理解できていなかった。




「ブリガンが呪文詠唱に時間をかけるということは、アレンビーにも同じ時間の猶予が与えられるわけです。同じ詠唱時間で、アレンビーのほうがより強力な魔法を放てる、としたら――」




 なるほど、ようやく私の頭は少し前に見た光景を理解した。




「相手にわざと呪文詠唱の時間を与えて、撃ってきた魔法ごとより高火力の魔法で貫いてしまう。こうなるとお手上げです。とてもわかりやすい『魔力』と『技術』の差ですね」





 オズワルド氏の説明を聞いている間に会場を出ていく人の波は落ち着き始めていた。




「スガワラさん、私はこれから少し寄りたいところがありますので、今日はここを出て解散でいいですか?」




「はい、ありがとうございました。とても貴重で楽しい時間を過ごせましたよ」




「そう言ってもらえるとこちらも案内した甲斐があるってもんですね。次回お会いするときはコーヒーを奢りますよ?」




「あ……、その件ですが、7日後の同じ時間くらいにさっきのカフェで会いませんか?」




 オズワルド氏はこの場で次の予定を決めるつもりはなかったようで、少しだけ驚いていた。




「『また今度会いましょう』では、結局会わないのがほとんどです。本当にまた会って話したいと思った相手なら、その場で次の予定を決めてしまう。それが私の流儀です」





 友達関係ならいざ知らず、社会人になってからの人間関係は本当にこれだった。別れ際に「またご一緒に……」、「次の機会では食事でも……」と言っても、予定をとりつけないと結局それは実現しないのだ。「次回」を本当につくりたいなら今、この場を逃してはならない。




「スガワラさんはなかなか積極的ですね。わかりました。7日後に同じところでお会いしましょう」




「ははっ、女性相手でもこれくらいになれたらいいんですけどね」




 こうして私たちはしばしの談笑をしながら闘技場を後にした。

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