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幸福の花は静かに笑う  作者: 武尾 さぬき
第2章 利害関係者(ステークホルダー)
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第7話 ケの日-5

 酒場に戻ると店内から食欲をそそるとてもいい香りが漂ってきた。





「おかえりなさい、スガさん」





 ラナさんが厨房から顔を出して出迎えてくれた。ブルードさんは姿こそ見えなかったが、大きな声で挨拶をしてくれた。パララさんもすでにやって来ていて、食事会の準備をしている。


 ブレイヴ・ピラーの3人はまだ到着していないらしい。4人掛けの席を2つ並べてそこに食器類が並べられていた。




「ゆっ…ユタタさん、おかえりなさい」




「ただいま戻りました」




 私はお土産の袋を一旦空いている席に置いて、パララさんを手伝おうとした。




「きっ…今日はユタタさんが主役ですから…すっ座って待っててください!」




 パララさんは一番奥の席を引いて私を座るよう促した。




「そうですよ! お料理の準備もボクとブルードさんでしてますから待っていてください!」




 ラナさんの声が厨房から飛んできた。2人に言われて仕方なくひとり先に座ったがどうにも落ち着かない。




「今日はゆっくりしたらいいさ! 明日からはきりきり働いてもらうけどな!」




 続いてブルードさんの声も響いてきた。皆に揃って言われたので、今だけは大人しくしていよう。





 一時すると酒場の扉が開いて、カレンさんとサージェ氏、リンカさんがやってきた。3人とも何度か見かけた軍服のような恰好をしている。仕事終わりに直接ここまで来たのだろう。




 よく見ると服の袖口や肩の文様が微妙に違っていることに気付いた。軍隊と同じように階級の違いを現しているのかもしれない。




「やぁ、みんな揃ってるね。早めに引き上げてきて正解だったよ」




 カレンさんは遠慮なく準備された席の真ん中に座った。サージェ氏は少し居心地が悪そうに店内を見渡しながらつっ立っている。




「ちょうどいいタイミングで来たな、こっちも出来上がったところだ!」




 ブルードさんは巨大な鉄板を両手で持ってきてテーブルの真ん中に置いた。そこには厚めに切られたお肉と野菜が音をたてて焼かれていた。鉄板の熱気が伝わってくる。お腹の虫が急に騒ぎ出したのがわかった。




 さらにラナさんはオーブンで焼いたグラタンを運んできた。チーズの香りが鼻孔をくすぐる。パララさんが続けて生野菜のサラダとスライスされたバゲットをのせたお皿を運んできた。




「うわー! とってもおいしそうですね! なんか私までお呼ばれされちゃってよかったんですか?」




 リンカさんは並べられた料理を輝くような目で見ていた。




「スガさんの治療をしてくれたんだろ? 遠慮なく腹いっぱい食ってくれ!」




 リンカさんは嬉しそうにカレンさんの右隣りに腰を掛けた。パララさんはなぜかリンカさんを見つめては下を向いてを2度3度繰り返していた。そしてわずかに聞き取れる声で一言呟いていた。





「…おっ、おっきい」





 今のは聞かなかったことにしよう。




「サージェさんも座ってください。今日はたくさん食べて帰ってくださいね?」




 立ったままでいるサージェ氏にラナさんが声をかけていた。




「……ありがとうございます、ラナンキュラス様」




「そうそう、さっさと座んなよ! サージェが立ったままだと始まらないだろ?」




 カレンさんにまで言われて彼はリンカさんの右横、私からは一番遠い位置に座った。パララさんは私の正面が空いていたのでそこに腰を下ろしていた。横目でリンカさんの胸を追っているように見えた。




 ラナさんは冷たいお茶を大きめの水差しに入れて持ってきた。





「皆さん、お酒は飲むのかしら? お店のをいくつか開けますけど?」





 そういえばこちらの世界では飲酒の年齢制限とかあるのだろうか。ふと疑問に思ったが、ここにいる人たちは皆成人していそうなので問題なさそうだ。




 カレンさんはいつも通り、ブルードさんもお酒を飲むようだ。私は飲めないわけではなかったが、味をまだ理解できていない。場の空気でなんとなく飲んでいるのが多かった。




「あれ……、お酒飲む人わりと少ないんだねぇ、リンカも飲まないんだっけ?」




「アルコールが混ざると血が不味くなるんですよ。あんまりおすすめしませーん」




 気だるそうな表情をしたリンカさんは、例によって「血」の話をしていた。これを聞くと一気に変人度合いが増してしまう。




「ああ、わかった。とりあえず今日はあんたの『血』の話は遠慮してくれ。料理が全部、鉄の味になっちまう」




 カレンさんはリンカさんがいろいろと語りだす前に話を制した。ラナさんとブルードさん、パララさんは疑問の表情を浮かべていたが、これ以上聞かない方がいいだろう。




「自分も遠慮しておきます。酒を入れると、いざという時の判断が鈍りそうな気がしますので」




「サージェ……、お前、よくそれで私の部下やっていられるねぇ?」




 サージェ氏はカレンさんと共にいるのをよく見かけるが、お酒の付き合いまで一緒ではないらしい。




「わっ…わ私もやめておきます……。以前に…そっその…酔っぱらって…いっいろいろありまして……、はい」




 パララさんの「いろいろ」が気になった。具体的に言いにくいなにかが過去にあったに違いない。




「なんだい? 魔法使いってお酒飲めないようにできてるのかい?」




 カレンさんの言い方からラナさんもお酒を飲まないのだと察した。彼女はお茶をコップに入れて各自に配ってくれている。




「ラナは酒場の娘のくせにちょっと飲むと真っ赤になるからね、くっくっ…」




「もう……、からかわないでよ。カレンみたいに便利な身体にできていないんです!」




 ラナさんはむくれながらカレンさんを睨んでそう言った。酔った姿をほんの少し見てみたいと思ってしまった。




 あれこれ話しながら各自に飲み物がいきわたり、食事会の準備は整っていた。私が入口から見て左端の奥の席に座り、隣にラナさん、その隣りにブルードさんが座った。正面にはパララさんがいて、その横にカレンさん、リンカさん、サージェ氏という並びになった。




 名目が私の復帰祝いだったので、開始の宣言を任されてしまった。あいにく会社の忘年会の音頭すらとった経験がなかったので、うまくはできなかった。




 ただ、ここに集まってくれた人たちに心からの感謝を伝えて食事会は始まった。

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