第7話 ケの日-2
クドゥさんは隣国に出かけた際にこの精霊石を大量に買い付けてペンダントに加工して販売することにした。隣国のアクセサリーでは普通に出回っているが、こちらでは意外と珍しいものだったらしい。ただ、その珍しさゆえか、店頭に並べてもあまり売れ行きはよくなかった。
そこで期間限定の露店を展開してこのアクセサリーを売ろうと考えた。より多くの人の目に留まればきっと売れると思ったようだ。
それなりに売れれば、店舗の方にも買い求めに来る人が増えるのではないか、と先を見越した思い付きでもあったらしい。ところが、露店を出して数日経ったが売れ行きは思わしくない。
「お隣の国は精霊石の鉱山が近くにありましてね……。純度の低いものはかなり安い値で手に入るんですよ。もちろん純度が高い方が魔除けの効果も期待できるんですけどね。安いものでもそれなりに効果はあるんです。なにより純度が低いものの方が加工が簡単なんですよね」
私は宝石類の良し悪しはわからないが、ペンダントに加工された精霊石は素人目に見てもとても綺麗なものに映った。
「普通の宝石としても頑丈で損傷しにくいですし、見た目も綺麗でしょう? 絶対に売れると思ったんですけどね……」
このペンダントは一つ5,000ゴールドで売られていた。クドゥさんのお店に並ぶ同じくらいの大きさのペンダントより1,000ゴールド程度高い値がついている。
私は今回、ペンダントを一つ売るごとに500ゴールドの報酬をもらう約束をしていた。とてもシンプルな歩合制である。
「お任せください! 商品の良さはしっかり頭に叩き込んであります。たくさん売ってクドゥさんのお店の宣伝も致しましょう!」
「期待していますよ。酒場でハンスさんに相談したら、『スガさんに任せたら間違いない』って言ってましたからね」
こうした身近な人の口コミから仕事の依頼が来るのはとても嬉しかった。クドゥさんと――、それに紹介してくれたハンスさんの期待に応えるためにもがんばろうと思った。
露店に出しているアクセサリーは、メインの精霊石のペンダントやそれ以外のアクセサリーもとても美しく、道行く人――、特に女性がちらちらと目をやっていた。テントの屋根に入り、手に取って見ていく人もいて、クドゥさんが早速声をかけている。私も負けてはいられないと次に見に来た婦人に笑顔で声をかけた。
「精霊石をご存知ですか?」
「精霊石……、このペンダントの石がそうなの? 名前くらいは聞いたことあるけど――」
「はい。特殊な力を秘めた石で、このペンダントに使われている青色は魔除けの効果があります」
「へぇー……、普通の宝石と変わりないように見えるけどね?」
「そうですね。普通の宝石と変わりなく美しい見た目をしています。お客様の指輪の宝石ともよく合いそうですね」
私は婦人の指輪についている大きめの青い宝石を見てそう言った。
「あら、そうかしら……? たしかに綺麗な青色をしているわね」
「私の隣りにいる彼がアクセサリーの職人でして、その自信作です。普段は店舗で売っているのですが、数日だけここで売らせてもらっています」
私はクドゥさんに目をやった。彼が先ほど声をかけたお客様は帰ってしまったようで今はペンダントを丁寧に拭いている。
「そうなのね……。お店はどちらにあるのかしら?」
婦人はペンダントやお店に興味を示してくれて、その後も話が弾んだ。そして精霊石のペンダントをひとつ買ってくれた。幸先のよいスタートだ。商品の包みを渡して笑顔で婦人を見送った後、クドゥさんが話しかけてきた。
「大したもんですね……。私が話してもなかなか売れなかったのに、あっという間にひとつ売ってしまいましたね」
「今のは元々お客様が興味をお持ちだったのもあります――が、やはり多少のコツはありますね」
「ははぁ……、コツですか?」
クドゥさんは続きを聞きたそうに私の顔を見つめてきた。他にお客様が来ていないか確認した後、私はクドゥさんに簡単なアドバイスをすることにした。
「『コツ』と一言でいってもいろいろありますので、簡単には説明できませんが――、例えば、私がこのペンダントを手に取って見ているお客だとすると、どんな話をしますか?」
彼は腕組みをして右に左にと一度ずつ首を捻った後にこう言った。
「ペンダントをお探しですか……、とかかな?」
「そうですね。間違いではないと思います。ですが、わざわざ手に取って見ているのですから、あえて聞く必要もないかと思います」
「ああ……、たしかにそうかもね」
「仮にペンダントにまったく興味がない人だったとしても、傍から見て判別できません。ですから、手に取ってくれた人はもう『ペンダントを探している人』と決めつけて案内をしてもいいと思います」
「ほうほう……、そういうもんですかね」
「はい、あとはそうですね……。お客様にこのペンダントを実際に買ってもらった後のイメージをしてもうのが大事だと思います」
「ううん…と、買ってもらった後?」
「これも例えばなんですが……、そうですね、クドゥさんはなにか趣味はありますか?」
「いやー、私はもう仕事と趣味が一緒みたいな人間でして…石の加工をしているのが楽しいんですよ」
仕事と趣味が一緒……、なかなか羨ましい発言だなと思った。それで不自由なく暮らせるのが一番幸せなのではないだろうか。
「では、宝石を加工する新しい工具がほしくなる時はありませんか?」
「それはもちろんあるよ、もっと綺麗に削れるやつを買えたらとか……、いっつも考えてるよ」
「つまり、そういうことです」
「……なにが、どういうこと?」
「今クドゥさんは新しい工具について、それが手に入ったらこれができる……、とイメージをもっていました。ほしいものを買う時はみんなそうやって買ったその先を考えています」
「ははぁ……、たしかに言われてみたらそうかもですね」
クドゥさんはうんうんと何度も頷いている。
「ペンダントを見に来る人たちにも同じように、これを持った先の話をしてあげれば、お客様は自分で想像してくれます。そうするとよりほしいと思ってもらえるはずです」
「スガワラさんは物知りですね? 次のお客さんがきたらやってみます」
クドゥさんは首振り人形のように何度も頷きながらそう言った。こうして彼も思考錯誤しながら少しずつペンダント販売のコツを掴んでいった。私も負けじと在庫をすべて売り切るつもりで働いた。




