包帯を巻いている彼とイチゴオレが好きな私
「遅いわねー」
私、高校生の遥香はもうすぐ始業時刻十分前だというのになかなか姿を見せない友達の亜須賀とその幼馴染である龍二を首を長くして待っている。始業時刻である十分前に来るというのは別に特別早いわけでもないし遅いという人には遅いかもしれないというなんとも微妙な時間だ。しかし五分前行動という観点から見れば早いという…あら、なんかよく分からなくなってきたわ。コホン。まぁ、いいわ。結論から言うと私がこの小説の冒頭で「遅いわねー」と言ったのは、いつも二人は十五分前には来てるのに来てないから遅い、と言っただけの話であって、なんか複雑にさせちゃったわね。読者の皆さん混乱させちゃってたらごめんなさい。そんなこと言ってる間に七分前まだ来ないだなんて。あ、
「亜須賀、遅いじゃない。龍二くんも」
二人はどうやら私が十分前に教室に来ることが早いか遅いか脳内で口論している間に来たらしい。私、二人が来たのにも気づかないくらい集中してたかしら?
「あ、遥香おはよー」
「おはよー じゃないわよ」
私が気を長くして待っていたというのに亜須賀は呑気に紙パックの何かを飲みながら返答をしている。その何かというのは…
「あーイチゴオレおいし〜〜!」
そう、イチゴオレ。亜須賀はイチゴオレが大好きなのだ。それも毎日飲んでるくらい。よくそんなに飲んで飽きないわね。隣にいる龍二くんは呆れた顔で見ている。いつもだったらまた飲んでんのかよ。とか言ってるけど今は横目で見ているだけ。ちょっと、目ヤバいわよ。私もかもしれないけど。あ、そうだ。肝心なこと忘れてたわ。なんでいつもより遅いのか、を。
「亜須賀、今日なんで遅かったの?」
私が聞くと当の本人はキョトンとした顔でイチゴオレを飲む口を休め教室の前にある時計をじっと見ている。そこまでガン見しなくても時間ぐらい分かるでしょうよ。
「え? そんな変わんなくない?」
亜須賀はたった一言それだけを言うとまたイチゴオレを飲むことに励んでいた。不思議に思って龍二くんの方を見ると、
「コイツがイチゴオレ買った時、レジが混んでたんだ」
もうこれ以上は喋りませんとでも言うようにピンク色の紙パックから手を離さない亜須賀に変わって説明してくれた。ああ、なるほど。ってそれだけ?
「なーんだ。それだけだったのね」
うんうん。と首を振って頷く龍二くん。亜須賀は、というと……なんか真っ青な顔してる⁉︎
「亜須賀? どうしたのよ? すごい顔青いわよ⁉︎」
驚いて声をかける。龍二くんも亜須賀の異変に気が付いたのか「大丈夫か⁉︎」と慌てた声で亜須賀の肩を揺さぶる。大好きなイチゴオレの紙パックを口から離してまで顔を青くしているからきっと重大な問題か何かが起こったのだろう。亜須賀の顔が真っ青になることは過去に何回かあった。私は亜須賀ともう何年もの付き合いになるし、幼馴染の龍二くんにいたっては赤ちゃんの時から一緒なのだから分かるだろう。確か亜須賀の顔が青くなる時はイチゴオレが売り切れたと分かった直後と、もの凄く厳しい先生の宿題をやってこなかった時と……あれ。今日イチゴオレはある。ということはもしかして、いや、もしかしなくても……
「あんた……もしかして宿題忘れた?」
一番可能性のある事例を私は恐る恐る挙げてみる。龍二くんも気になり亜須賀をじっと見つめる。すると彼女は一言
「うん」
とだけ言ってうなだれてしまった。龍二くんと二人で顔を見合わせる。
「それも数学」
龍二くんが追い打ちをかけるように言うとまた、「うん」とうなだれたまま言ったのが聞こえた。マジですか。やはり私の予想は当たってしまった。
「どうするのよ」
すると亜須賀はもの凄い勢いで顔を上げ、こう言った。
「遥香、見せて‼︎」
***
「もーどうして忘れるのよー」
「ごめんごめん」
朝のホームルームが終わってすぐ、私、亜須賀は真っ先に後ろを向いて遥香に宿題を見せてもらった。遥香は私の後ろの席だから見せてもらうのもよゆーよゆー! 龍二とは離れてるけどそこは気にしない。席替えなんてそんなもんでしょ? 仲良い人とは離れるんだから。私は今朝の残りのイチゴオレを飲みながら必死に遥香の宿題を写す。横には龍二もいる。数学の授業は一時間目からだから早く写さないと間に合わない! とは言っても……
「もー! なにこの計算式! 長過ぎ!」
私は思わずシャーペンを置いてイチゴオレを思い切り啜った。そしたら、あ、なくなっちゃった。がーん。授業始まるギリギリまでとっておこうと思ったのに!
「仕方ないじゃない。この答えを求めるのにこれだけ計算が必要なんだから」
遥香が何かぶつぶつ言ってるけど私の頭には入らない。まるでこれじゃあ、
「手の運動だよ!」
バンと机を叩く。
「亜須賀。早くしないと授業始まるぞ」
龍二が私にシャーペンを持たせようとする。
「後三分ね」
げっ。もうそんな時間⁉︎
「全部写すなんて無理だよ!」
「いいからシャーペン持て」
「できるところまでやるのよ」
私にシャーペンを無理やり持たせる龍二と無意味な声援を送ってくる遥香。もう後三分しかないというのに? いや、正確には三分もないんだよ! あと五題分のこんな長い計算式写せって言う方が無理な話! それでも仕方なく必死に写していると(二人から見たら鬼のような形相に見えただろう)さらに追い打ちををかけられた。
「大体、亜須賀がやってこないのが悪いんだろ」
ぐふっ、げほげほ。目の前では遥香がうんうんと頷いている。違うしっ。
「や、やってないんじゃなくて忘れただけだし!」
「はいはい」
ちらりと遥香の表情を窺うと……あ、聞き流してやがる。ヤツは呆れている。コンニャロー、ほんとなのに! 私はチッと舌打ちして一応解答を書き写すことを再開する。
「これ、捨ててきてやるよ」
顔を上げると龍二がイチゴオレの紙パックを持っていた。
「たまにはいいことするじゃない」
さっき言われたことが悔しくて仕返しをする。それも上から目線顔で。ふっふっふ。今度は負けないんだからね! その表情をくずさずにジーッと龍二を見ているとなんだか頰を赤くして目を逸らされた。何よ。私の目線、そんなに怖かった? 龍二はそそくさと教室のすみっこにあるゴミ箱へ行ってしまった。変なの。私が不審な目で龍二の後ろ姿を見ていると遥香が「ふーん」と意味ありげな顔をしていた。二人とも意味わかんない。私が一人で口を尖らせていると遥香が
「亜須賀、先生来たよ」
と小声で告げて来た。げっ。まだ三題あるのに。ま、三題くらいいいか! わかりませんでしたーとか言えばいいだけだし!
私が口角を上げていると遥香が、
「何余裕ぶっこいてるのよ。まだ終わってないわよ」
と言って問題を指してくる。
「いいのいいの! ありがとね」
私はシャーペンをとプリントを持って前に向き直る。その直前遥香は不思議そうな顔をしていたが私は見て見ぬふりをした。この先生は授業開始後すぐに宿題を集めるのだ。どうせ一問丸々写せないのだから手の運動をしたって無駄なだけだ。そうして先生の「授業始めるぞーまずは宿題を集めるー」という声が聞こえた。龍二はいつのまにか席に戻っていたらしい。そういえばゴミに捨ててくれたお礼を言ってなかったな。まぁいいか。アイツのことだしわかってるだろう。龍二の方を見ると相変わらず右目からその下頰にかけて巻いている包帯が目立つ。あ、読者のみんなには言ってなかったっけ! 龍二は顔に包帯巻いてるんだよ! でも理由は教えてくれないんだよね。色々あったんだ。とか言ってさ。カッコつけてるだけじゃないの? って私は思うんだけど! そんなことを考えているうちに私が努力したプリントが回収されていった。あああ。
「何が努力よ。人のを写したくせに」
後ろからぼそっと声が聞こえた。あれ⁉︎ 声に出てた⁉︎ まさかまさか! もしかして遥香ってエスパー⁉︎
「そんなわけないでしょ。何言ってんのよ」
呆れた遥香の声が聞こえる。ついでにため息まで。はわわ! やっぱりエスパーだったんだ! 私が一人で慌てていると後ろから肩をぐいと掴まれた。ひょええ!
「亜須賀の声が出てただけよ」
「本当に?」
私は後ろを向いて疑問を投げかける。
「それ以外何があるのよ。私はエスパーでもなんでもないわ」
やっぱりそうだよね。よかったぁ。ほっとした顔をすると遥香は手を離してくれた。ふぅ。
「おい。そこ。喋るんじゃない。前に出てこの問題を解きなさい」
もう話は終わったのに私は数学教師に目をつけられた。もう、なんでよ⁉︎
はぁぁ。疲れたぁ〜! 今やっと地獄の数学の授業が終わって私はぐったりしていた。イチゴオレでも買いに行こうかな。ふわぁ〜っと伸びをして立ち上がると真っ先に遥香に声をかけられた。
「どこ行くの?」
「イチゴオレ買いに行くの!」
「また? さっき飲んだばかりじゃない」
ただ純粋にはてなマークを浮かべていた遥香の顔が呆れ顔に変わった。私、なんで遥香にこんな顔させてるんだろ。
「だってさっきはショックのあまり飲み干しちゃったんだもん。疲れたし、飲みたいのー!」
「ほんと亜須賀はイチゴオレが好きな変人ね」
「誰が変人だって⁉︎」
変人だと言われてぎゃーぎゃー騒ぐ私。
「仕方ないわね。私も行こうか?」
まだ呆れた顔は直ってないんですけど。あの、遥香さん…?
「俺がついてくよ」
え? いつの間に? ってぐらいに龍二が隣にいた。
「ちょっといつ来たの⁉︎ 怖いでしょーが!」
「あら、じゃあ任せようかしら。二人で行ってらっしゃ〜い」
遥香は急に意味深な笑顔を見せて私達二人に手を振る。
「ちょっと、どういうことよ!」
龍二は遥香に何かを言いたそうな顔をした後眉を寄せて首を振っていたが、私の腕を掴んでずんずん歩いて行く。ちょっと、どうなってるのーーーー⁉︎
龍二は廊下に出ると歩く速度を緩めた。
「龍二?」
名前を呼ぶと振り向いてくれた。
「何だよ?」
「いきなり現れてしかも話についていけてるなんて怖いじゃん!」
「そうか? お前が話に夢中で気づかなかっただけだろ」
うーん、本当にそうかな? そうだといいんだけど……てか私そんなに話に集中してたっけ? まぁいっか。イチゴオレ買いに行くのも遥香連れてくつもりだったけど、それもまぁいっか。遥香でも龍二でも変わんないし!
「もしかしてアイツにはバレてんのか?」
隣で龍二が小声でぼそぼなにやら言っている。
「なに!」
「いや、お前のことじゃないって」
「じゃあアイツって誰さ!」
「なんでもねぇって」
「そんなわけないじゃん。もしかして独り言? 独り言って言うとハゲるんだよ?」
なんか急にニヤニヤしたくなった。
「この年でハゲるなんてかわいそうに」
龍二がハゲているのを想像して思わずくくくって笑う。その間にも通り過ぎる人は私達のことを見てくる。それは龍二が包帯を巻いているからっていうのもあるけど、私が煩いからってことも多分あるだろう。え? 煩いのを自覚していたんだ、って? それぐらいわかってますよーだ。んべ。
「なんで俺がハゲるんだよ」
「だって独り言なんでしょ? くくく」
ヤバい。ウケる。龍二のハゲ姿とか。爆笑。そんなこんなで笑っていた(龍二は呆れ顔で私を見つめていた)らいつのまにか自販機の前に来ていた。
「お前、ほんとイチゴオレ好きだな」
その言葉、一体何回目だと思ってるの? 生まれてからいろんな人に散々言われてきた。そして今も自販機でイチゴオレを購入しながら龍二に言われている。ガコン。イチゴオレを取り出す。
「いいでしょ! 好きなんだから。龍二も好きなものそんな風に言われてみなよ。嫌になるよ!」
「いや、そこまでいくと変人だろ。ただのイチゴオレ好きな変人」
そう言うと龍二は笑った。バカにしやがって!
「知らなかったの? どうせ私は変人だよーだ」
どうせなら! と思ってストローをパックに挿した 後、龍二に向かってべーと舌を出す。
「ほんと、変人だ!」
まだ笑ってやがる。フン。私は龍二を無視して先に教室に向かうことにした。冷えたイチゴオレを一口飲んで。早く戻ってやろう。スタスタと歩き出す。スタスタと、スタスタと。スタスタ、スタスタ、スタ
「別にいいんじゃないか? 変人でも」
後ろから、龍二の声が、聞こえた。思わずスタスタと歩いていた足が止まる。私が膨れてたの、気付いたの?
「変人でも亜須賀は亜須賀だろ」
なんで、そんなこと言うの。龍二のくせに。いつもふざけてるくせに。どうしたんだよいきなり。
「変人なのを気にする必要ないだろ。変人でも亜須賀は亜須賀だし」
龍二は続ける。私が、私がいつ変人なのを気にしてるなんて言った? 暫く沈黙が続く。ダメだ。こんなの慣れない。いつも私たちはふざけ合ってきた。真面目に話したことなんか殆どない。なのに、こんな状況、なんて返せばいいのか分かんないよ! 耐えらんない!
私は笑顔を、作った。
「何言ってんの! あっはっは! 龍二ったら」
そして笑顔で龍二の肩を叩く。龍二はポカンとした顔をしている。そりゃそうだよね。真面目なシーンで私が笑ってるんだもん。無理もないよ。
「そしたら龍二も変人だって! あっはは! くっくっ」
龍二が、変人。思わず笑ってしまう。これは作った笑顔なんかじゃなく、本当の笑顔だ。
「な、なんで俺が変人なんだよっ」
「え? だって頭に包帯巻いてるから。決まってんじゃん!」
龍二も突っかかってきたし。私は再び歩き出す。今度は龍二も歩みを進めてくれた。二人で笑いながら、教室までの道を歩く。やっぱり私たちはこの方が性に合ってるんだ。真面目なんかじゃなく、笑い合うことが。
***
亜須賀と龍二くんが出て行った後、私は一人でにやけていた。いや、正確にいうとにやけが止まらなかった。さっきの龍二くんの態度といったら。ごみを捨ててあげたり、亜須賀に付き添ったり、絶対亜須賀のことが好きに決まってる。今までもこういうことはあったのにどうして気がつかなかったんだろう。それに決め手は私と目を合わせた時の顔。何か言いたそうだったけど、恥ずかしかったのかな。帰って来たら内緒にしとくって言っとこう。ふふ。うんうん。あ、もしや側から見たら今の私は変な人だと思われてる? まぁいいわ。亜須賀と龍二くんを応援しなきゃね。こうして私は終始にやけていたのだった。
次の休み時間、亜須賀がトイレに行ったのを機に私は龍二くんを呼び出した。
「ねね、龍二くん、単刀直入に聞くわ。亜須賀が好きなんでしょ」
「えぇっ!」
ドヤ顏で言ってみたら驚かれた。あら、そんなに驚くことかしら。
「そうでしょ?」
何も答えない龍二くんに念を押す。すると「うん」とあっさり白状した。白状なんて、悪いことしたみたいな言い方だけど、まぁいいわ。
「やっぱり」
私はドヤ顏をしたまま言う。すると龍二くんは焦った顔になった。
「頼むから亜須賀には言わないでくれよ!」
ああ、やっぱりそれ、気にするのね。ふふ。そんなこと、心配しなくていいのに。それより亜須賀のこと心配した方がいいんじゃないの?
「大丈夫よ。安心して。言わないから」
笑顔で言うと、彼はほっとしたようにただ、「そうか」とだけ言った。
「応援してるわ」
私は本当に二人を応援したい気持ちだった。
「二人とも変人だし、お似合いだと思う」
「だからなんで変人なんだよ!」
あれ? いきなり彼は怒り出した。何かおかしなことを言ったかしら。
「だからって? 何かあったの?」
正直な疑問をぶつける。するとかれは不満そうに口を開いた。
「さっき亜須賀にも言われたんだよ。俺が亜須賀は変人だって話をしたら、俺のことも変人だって」
ブッ。さすが亜須賀だわ。分かってる。亜須賀も変人だけど龍二くんも変人だものね。
「おい、笑ったな! 俺のどこが変人なんだよ!」
どこがって、そんなのもう決まっている。
「それは……」
「私がなんだって⁉︎」
私が言おうとしたら亜須賀に先を越されてしまった。しかし、私が言っていても亜須賀のその遠くからでもよく聞こえる大きい声に、私の声は掻き消されてしまっていただろう。亜須賀の大声を聞いて龍二くんは「あともう少しだったのに…」と落胆している。
「なんでもないわよ」
「おい! 教えてくれ!」
龍二くんが私の肩を揺さぶる。ちょっと、やめてよ。脳みそがシェイクされて、頭が……いいわ、教えてあげる。私は龍二くんの耳元にそっと口を近づけてこう言った。
「包帯」
授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「だからなんで俺が変人なんだぁぁぁぁああああ‼︎‼︎」
彼の声はさっきの亜須賀の声より響いていたと思う。
***
あれから私は悩んでいた。なんで龍二の為なんかに悩まなきゃいけないんだっ。まぁ、それは置いといて。さっき龍二に言われたことを私は思い出す。
「変人でも亜須賀は亜須賀だろ」
私の人格を肯定された。別に変人なつもりはないけどさ! なんか、龍二が私にそのままでいいって言ってくれてた気がして……って、なんでいきなりあんなことを⁉︎ こうやってうだうだ考えてるのも私らしくないし! てか、これも龍二のせいなんだからね! えーい! もう本人に聞いてきてやる! 変に思われたってどうせ変人だし!
放課後、私は龍二と二人並んで家までの距離を埋めていた。遥香は部活らしい。よく部活なんかやれるよね! って私は思う。だって面倒くさいじゃん! どうせ入りたい部活もないし。そんなんだったら早く家に帰った方がいいよ! 疲れるし。だから遥香はすごいと思う。私は帰宅部なのだ。帰宅部は部活じゃないとよく言うけど、何もしないからこそ部活なんだと思う! 普通の部活の逆! みたいな! 隣を見ると龍二が真顔で前を向いて歩いている。これがいつもの私の帰り道の光景だ。遥香が部活ない時は三人で帰る。けどそんなことはあまりないから龍二と二人のが殆どだ。龍二は部活に入ってない。やりたいのとかありそうだったのに、何故か入ってない。以前そのことを聞いてみたけど「亜須賀が入らないから」などと私のせいにした。意味、分かんないし! その話題はそれっきりだ。
で、何で私がこんな話をしているかというと、朝の龍二の言葉のせいで気まずいからだ。もちろん、私が勝手に気まずいのであってもしかしたら龍二はなんとも思ってないのかもしれない。その横顔を見たら明らかだ。でも聞いてみようと思ったんだから聞かなきゃ! 私は思い切って龍二に聞く。
「龍二!」
「なに」
一応私の呼びかけに私の方を見る龍二。その表情からはどんなことを考えているのか分からない。
「朝なんであんなこと言ったの?」
「あんなことって?」
コイツ……すっとぼけてるんじゃなくて本気で分からないような顔してやがる! く〜〜ムカつく! 私に言わせようとするなんて! でもここは落ち着いて行かないと!
「私が変人でも私だ。って」
「ああ、あれか」
やっと思い出したようだ。頭の上に電気が見えるぞ? ふふふ。
「別に大した意味じゃねぇよ。お前が変人でもいいってことだ」
「だから変人じゃないってば‼︎」
龍二の言葉に私は怒鳴る。なんでそう、変人変人って言うのかな! ムカつく〜! 私は口を尖らせた。
「告白はもっとはっきり言うわ」
龍二がなんか小声で言ったけど私には聞こえなかったので「え?」と返したが、龍二は何も答えてくれなかった。まぁいっか。どうせ大したことではないのだろう。本題に戻って、えっと、つまり、
「つまり、そんな真剣に捉えるな。ということね?」
そう言うと龍二は「真剣に捉えられないのも」とかなんだとか言ったけどもう気にしないことにした。さっきから小声で喋ってばっかだけど! もういいの!
それからは暫く沈黙が続いた。別に大した意味はないみたいだし(ちょっと怪しいけど!)話、終わっちゃった。日が沈みかけた空はまるで私たちの沈黙を表しているようだった。
***
私は昼間していた龍二くんとの会話を思い出していた。寝る前だというのに他人のことを考えているだなんて。まぁ、亜須賀は他人じゃなくて友達なのだけれども。
「ねぇ、告白はいつするのよ?」
「まだ先だろうなぁ。あいつはあんなんだし」
あの時、龍二くんはため息をついていた。
「亜須賀、気づいてなさそうだものね」
苦笑いをしていた私。あの亜須賀だもの。龍二くんの気持ちになんて気付いているわけがない。変人だし。あ、今のは余計だったかな? それに龍二くんのことも友達というか、ただのふざけあうだけの気が合う仲間としか思ってなさそうだし。難しいわね。でも、
「でも、取られちゃうかもよ? 早くしないと」
「それなんだよな」
私の言葉に彼は難しそうな顔をしていた。
「早めにしないといけないのは分かってるんだけど……」
その後から私達は言葉が出ないでいたのだ。
「困ったものね……」
私は、ふーとため息をついた。いつの間にか眠りについていた。
「思いついたわ!」
私は、次の日の朝、寝起きの頭で昨日の夜寝付くまで考えていたこと、つまり、亜須賀と龍二くんの関係について名案を思いついたのだ。朝、寝起きの頭で、というところが我ながらスゴいと思うけど、これは名案だと思う。よし、早速今日学校で龍二くんにこの名案を伝えようかしら。うん。私は気持ちよく朝を迎えることができた。これなら今日一日気持ちよく過ごすことができるだろう。
学校について、亜須賀と龍二くんが来るのを待つ。昨日みたいなことがなければいつも通り着くはずだろう。そう思っているとやはり、予想通り彼らはやって来た。
「おはよー! 遥香!」
「おはよ」
挨拶もほどほどに私は龍二くんを連れ出す。腕を掴んだのだ。
「亜須賀、龍二くん借りていいかしら?」
「えっ⁉︎」
亜須賀は驚いた顔をする。
「少しだけだから!」
そう言うと、やはり亜須賀と同じように驚いている龍二くんを私は廊下に連れ出した。
「どうしたんだよ」
廊下で手を離した私に、まだ少し驚いている様子の龍二くんが言う。全く。どうしたんだよ。じゃないでしょう? あなたと亜須賀に関わる大事なことなのに。あんなにも真剣そうに悩んでいたじゃない。なんていう文句は置いておいて、今は本題に入る。
「ねぇ、亜須賀に対するあなたの気持ちのことだけど……」
「お、おう」
彼はやっと真剣な顔付きをし始めた。別に今までふざけた顔をしていたわけではないけれど。
「やっぱり、亜須賀に気持ちを伝えた方が良いと思うの」
「それはすぐってことか?」
その問いかけに私は首を上下にして返事をする。そして付け足す。
「亜須賀は鈍感でしょ? だから言わないと気付かないと思うし、龍二くんに告白されてから気になって好きになることもあると思うの」
しばらくだんまりして顔を下に向けている彼。告白はまだしないと決めていたから、私の意見を聞いて色々とかんがえているのだろう。私は辺りを見回して亜須賀が様子を見ていないか確認した。幸い、彼女はいないようだ。教室でおとなしくイチゴオレでも飲んでいるのだろう。すると、彼が顔を上げた。
「俺さ、振られたらやだと思ったのと、まだ早いかと思って告白はしないって決めてたんだけど、確かにお前が言うことにも一理ある。言ってみないと分かんないってことだよな」
これは、もしかして……?
「告白、してみるよ」
私の顔がパァっと明るくなっていくのが、鏡を見なくても分かった。
「早速だけど、今日の放課後するよ。休み時間にして、もし振られて気まずくなったら嫌だからな」
「そうね、それがいいわ」
私も彼も笑顔になった瞬間だった。
「言ってくれてサンキュー」
「いいえ、応援してるわよ」
少しニヤリとした顔をすると彼はタジタジだった。私はいじめるキャラではないが、彼のその表情すらも嬉しく感じた。
***
朝、遥香から呼び出された龍二がなんか変だ! そう気付いたのは、昼休みのことだった。何故だかそわそわしている。龍二が! いや、でももしかしたら気のせいかもしれない! 遥香にそのことを言うと、ただ一言「気のせいよ」と言われて終わったから、やっぱ私の気のせいなのかもしれない。まぁ、このことについてはあまり考えないようにしよう。そう思い、私はイチゴオレを飲んでいた。すると、龍二が私の方に寄ってきた。えっ⁉︎ なになに⁉︎ ついさっき考えないようにしたばっかりなのにどうして寄ってくるの!
「亜須賀、今日一緒に帰れるよな?」
何を言っているのだろう。この人は。いつも一緒に帰っているというのにわざわざ確認する必要が? 変な人! と思いつつ私は「うん」と返事をした。すると龍二は安心したように、よし! と言い元に戻る。その時、授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
そして放課後、今日は遥香が部活のため、龍二と帰宅していた。前にも言ったけど、龍二と二人で帰るのはそう珍しくないことだ。夕方四時すぎの空はオレンジ色にどこまでも広がっていて、なんだか私自身もその色に染まりそう! そんなことを思っていると龍二に声をかけられていた。
「亜須賀。あのさ、俺……」
立ち止まり、いつもよりも深刻な顔をしている。私も足を止める。何かあったのだろうか? あの包帯を巻いている龍二が。
「俺、亜須賀が好きなんだ」
えっ! 今なんつった⁉︎ 私が好き? 突然のことに戸惑ってしまう。そんなの私も好きに決まってるじゃない。普段は言わないけど私たちは幼馴染以前に好きじゃなきゃこうやって一緒に帰ったりしないし!
「今更何言ってるの? 私も好きだし!」
少し笑ってみせる。しかし、意外にも龍二は怪訝そうな顔をした。
「何か勘違いしてないか?」
「えっ?」
龍二の言っていることがよくわからない。私が何を勘違いするというの⁉︎
「俺の言ってる好きは、幼馴染とか友達としての好きじゃなくて、異性としての好きなんだけど!」
「えぇえっ⁉︎」
「そんな驚いた顔するなよ。ま、予想はしてたけど」
私、そんな酷い顔してる? てか、龍二がいきなりそんなことを言い出したんだから無理もない。だ、だだだって龍二が、わわ、私のことを、その、い異性としてすす好きだなんて‼︎‼︎
「亜須賀そういうのに鈍いからさ、気づいてないだろうな〜とは思ってたんだけど、実際に目の前でそんな反応されるとな」
龍二はハハッと乾いた笑いを漏らす。そんなこと言われても! ていうか!
「それだったら、こう、もっとさぁ! アピールをするっていうか…」
私が歩きだしながらそんなことを言うと龍二は歩きながらも焦りだした。
「お、俺なりにしてきたし!」
「えー分かんないよ!」
「お前が鈍いからだろ」
「違うしっ」
「じゃあお詫びにイチゴオレ買ってやるよ」
「え⁉︎ いいの⁉︎」
龍二の言葉に私は目を輝かせて「やったぁ‼︎」と叫ぶ。我ながら単純だと思うけどまぁ、いっか! 龍二といつものように話をしながら私たちはコンビニへ足を向けた。夕日は沈みかけていて、少し眩しかった。