不穏なる闇の蠢動②
ふと、視線を部屋の中央の方へ戻します。嘗て、キリカナンだった者が居たそこには、彼の姿は既に無く、深紅に輝く宝石のような石ころだけが残されていました。魔族の心臓、別名『コア』と呼ばれるものです。この中に、魔族の核とも言える膨大な魔力が含まれており、魔術師達の中で、高値で取引されていました。戦利品として受け取っておくか。核に刻まれた存在情報を解析すれば、キリカナンの過去を見られるかもしれませんし。そう思い、抱えたままのお嬢様を一度その場に降ろし、落ちている心臓に手を伸ばそうとした時でした。
――シュッ、と音が響き、直ぐ近くの空間が歪んで裂けました。私は咄嗟にお嬢様のいる後ろの方に跳び退きます。直後、先まで私のいたそこに、空間から出て来た漆黒の手が襲い掛かり、それは虚を掴みました。
突然の敵の出現に、勘弁してくれよと嘆息を吐きながらも、再度臨戦態勢に入ります。しかし、意外にも第二手は飛んできませんでした。かと思いきや、腕のみの奇妙なソレは何処からか、声を上げました。
「縺ゅ?縺ォ繧?繝シ縺ェ縺縺、縺後◆縺ケ縺溘>縲ゅ■縺」
それは、人の聴覚では聞き取れない程に淀んだ濁声でした。
「な、何を言って……」
しかし、こちらの声は認識出来ているのか、ソレは困った様に沈黙した後、また突然と動き出しました。
ソレの目的は、キリカナンの心臓である赤い石の回収の様でした。咄嗟の事で反応が遅れた私は、しまった――と、不覚を取った事を自覚します。
同時に、瞬時に状況を理解していきました。ソレは、最初からこの一連の騒動を、“視ていた”のです。手段は知りませんが、きっと私達の手の届かない遥か遠くの何処かから。
おそらく、闇の組織の技術の一つでしょう。丁度、お嬢様が学園に入学してストーリーが始まった今、本格的に彼らは動き出したようでした。
ソレは、キリカナンの心臓を回収し終えると、私が動き出すより先に、切り裂いた空間の中へと戻っていき、空間は消える様にして閉ざされてしまいました。
「――クソッ!」
思わず、怒りに地団駄を踏みます。
完全に油断していました。普段の私なら、あれを見逃す事は無かったでしょう。しかし、今はキリカナンとの戦いで魔力を使い果たした事で、お嬢様を護る手段が無かったという状態下にありました。もし、今の敵にお嬢様を害する気があったのなら、護り切れる自信は正直ありませんでした。
だからこそ、悔やまれるのです。キリカナン戦でもっとうまく立ち回り、少しでも魔力の余裕を保っていれば、と。間違いなく、回収されたキリカナンのコアは、組織の良いように使われてしまいでしょう。
組織が、魔神の復活を目的に動いている事は以前にも言った通りですが、それの意味するところは、お嬢様の敵だという事に他なりませんでした。つまり、主人の敵を、油断していたなどという理由で、私はみすみす逃してしまったのです。
「……悔やんでいても仕方が無いな」
ともかく、今はお嬢様の無事が最優先なので、素早く帰還するのが最後の任務でした。旦那様に啖呵を切って飛び出して来たわけですが、無事にお嬢様を護りきれた事への安堵と同時に、解雇されてしまうのではないか、と――そんな一抹の不安を負いながら、私はお嬢様を抱きかかえて、帰路に着いたのです。




