引導③
魔人キリカナンの腕が、王子の身体を貫通した――かに思えた。
「なッ!?」
だが、そこに立つのは無傷のままの俺。それに対し、訳が分からないと呆然と立ち尽くすキリカナン。初めて、魔人化したキリカナンは後退した。
特に、私が何かをしたという訳でも無い。強いて言えば、順当の結果だ。だが、本来なら胸を貫かれ、死人と化していたのは、間違いない。
「フェンリルの試練が無ければ死んでいたな」
九か月間の旅の間の事だ。私は、その間で神域と呼ばれる領域に踏み入れた。未完の魔神を超える者達の領域だ。それに踏み入れた者達は、総じてとあるパッシブスキルと称号が、ステータスに刻まれる事となる。
パッシブスキル――『神域』と、称号『神域に踏み入れた者』だ。
その効果は単純。同じ領域以外の相手からの攻撃を受け付けないというものである。この場合の受け付けないとは、要は傷が付けられないということ。
痛みだけは被るのが不便な点だが、恩恵の方が大きいので態々文句もいうまい。
キリカナンは神域に踏み入れていない。故に、私の身体に傷を与える事は出来ない。それだけの事である。
だが、先も呟いた通り、フェンリルさんの謎試練が与えていなければ、私は神域に踏み入れる事は無かったので、今の一撃で死んでいたかも知れない。そう思うと、フェンリルさんには感謝すべきなのかも知れないが、お嬢様の涙には代えられない。
この九か月間が、お嬢様を苦しめてしまっていたのだ。それは、如何なる理由があろうと許される事じゃない。半分自分の所為な気もしなくはないが、だからってフェンリルさんのやった事を許す理由にはならないのだ。いつか、その毛並みをむしりつくしてやる。
そんな事を考えながら、ふとキリカナンの方へ向き直る。彼は、呆然の余りに失意したのか、その場に膝を突いていた。普通なら、一度はまぐれだとでも妄信し、何度も攻撃を繰り返そうとしてくるはずだ。手数を増やせばいつかは貫けると信じて、がむしゃらに腕を振り続けるのが、懸命といえる。だが、どういうわけか、やはり彼は膝を突いたまま動こうとはしなかった。
「どうした? かかって来ないのか?」
「…………」
煽っても返事はありませんでした。
もしかして、と彼を注視すると、腕や脚がぷるぷると震えているのが眼に移ります。ああ、と漏れ出た声と共に、理解しました。
「恐怖、か。恐ろしいのか? 俺が」
「…………」
言葉にすることなく、彼は低く頷きました。手足の一つも動かせない程に、そして、口すらも開けない程に、今の彼には私が本物の神かのように見えて恐ろしいのでしょう。『神域』には、危害を加えようとした他者の認識を自動的に塗り替える効果がありました。
「興覚めだな。結局、お前がどうしてそこまで俺に執着するかは分からないままだった」
私は、覚悟を決めると、落ちていた彼の剣を拾い上げ、頭上にかざしました。
「終わりだ」
そのまま、彼の頭を刎ねようとした時でした。
「……グルるオオオおおおおぐぐぐっつげええっっ」
突然、キリカナンの身体が蠢いたかと思えば、耳が壊れるかに思える程の甲高い奇声を上げ、またその身体が膨張していったのです。
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