存在価値② side ルルカ
――パァン、ペチッ!
平たく反響する甲高い音が響く度に、私は頬に痛みを伴う。
「……痛っ! やめ、て……!!」
「ぐふっ、ふはははっ、ぐひひひぃッ」
苦痛を訴える私の言葉に、彼はまるで聞く耳を持ちませんでした。その様は、最早、狂気に取りつかれているかの様で……違和感と共に、私の嗅覚を、甘くつんとする生理的に受け付けない刺激臭がくすぐりました。
「これは、……まさか、薬物の匂いですか?」
途端、キリカナンは教師に悪さが露見したかの様な拒絶を見せます。
「……ぐっ! 黙れ!! 私は……俺は! そういうんじゃ、ない……!」
誤魔化しようの無くなった罪人が、最後の抵抗をするかの如く、彼は稚拙で中身のない言い訳を始めました。ぶつぶつと、聞き取れない程の小声で何かを囁き、突然と顔を上げた彼は、表情を恍惚のものに変え、再び私を嬲り始めます。
それは、少しずつ勢いを増していき、次第に一打一打が鉄球で殴り付けたかのような威力を持つようになりました。ドゴッ、と鈍い打撃音が鳴ります。
だけど、抵抗したくても、彼に触れられる度に私の奥底に焦げ付く”記憶”が加速していき、痛みと二重で過呼吸に陥っていきました。
――やめて、お願い、もう許して……!
虚空に懇願します。当然、応える者はいません。呼応する様に、打撃が降り注ぐだけでした。痛い、苦しい。どうして? なんで? 苦悶と疑念だけが募っていき、そして――
「……どうして私だけ……こんな目に?」
漏れ出たのは、全ての疑念を集積したかの様な言葉でした。”一度目”で、散々痛い目を見たのです。嫉妬に狂い、憐れに断罪された一度目を繰り返したくなくて。私は、貴方たちから身を引いたというのに。どうして? どうして、私だけが痛い目を見るの? 私が、貴方達に何かしたというの?
私の呟きを聞き取ったキリカナンは。大きく嘲笑をあげ、これまでで一番愉快気に、そして冷徹を纏って返しました。
「どうして、だと? ぐふっ、ふっははははっ! そんなもの決まっておろう! 貴様の運命が定まっているからだッ! 生贄として無惨に死に、大衆に憐れまれ、何も為せず、何も残さずに死ぬのが貴様の存在理由だからだ!」
「……はっ?」
――運命? 私の死が? 生贄となるのが? 誰の? 何のために? それが、私の存在価値?
「ふん、どうした? 何か言い返してみたらどうだ? それとも、俺が恐ろしくて何も反抗出来ないか? 憐れで可哀想な公爵令嬢様よォ?」
――ぺチン!
これまでの鈍い打撃音とは違う、一段と甲高い音が響きます。
扇動するキリカナンの頬に、平手打ちをお見舞いしました。
「…………認めませんわ」
「あ……?」
遅れて、自分が叩かれた事を認識したキリカナンが、間抜けな声を漏らします。まさか、私に反抗されるとは思ってもいなかったのでしょう。途端、彼の顔は次第に赤く染まっていき、表情に憎悪を滲ませていきます。
それは、二度目における私の人生にて、初めての意思でした。深い深い森林の様な、曇ったままの未来に迷いながら、与えられた道を享受するだけの私の人生に、初めて異を唱えた瞬間。無垢な人形になり果てようとした、私に与えられた初めての自我。
「……私は、認めません。貴方達に玩具の如く弄ばれ、使い捨てられ、意味も無く朽ち果てていく未来なんて!!」




