存在価値① side ルルカ
キンと、鼻を劈く様な刺激臭と共に、私の意識は急速に覚めて行きました。
「ここは……?」
先程まで、私は自室でアリスとの素敵な一日を振り返っていたはず。もしかして、これは夢の中でしょうか?
「漸く、目を覚ましたか」
しかし、それを否定するかのように聞こえて来たのは、記憶の奥底に閉じ込めた不快で耳障りな声。その声の方へ振り向くと、想像していた通りの人物がそこにいました。
「……キリカナン……様」
「ふん、黙れ! 貴様に呼ばれる程安い名ではない」
なんて厭味な男。身分上は私の方が高貴だというのに。しかし、私には彼に反抗する勇気も気力もありませんでした。ふと、自分の置かれている状況を確認するべく、頭を動かします。分かったのは、此処が何処か薄暗い洞窟の中である事と、自分が今縛られているという事実だけでした。
「安心しろ、俺に貴様を害する気はない。精々、”ヤツ”が釣れるまで人質としてそこにいればいい」
「……ヤツとは、誰の事ですの?」
「くっくっ……貴様の待望した最愛のメイドの事だよ」
挑発する様に、彼は言いました。私は、やはりと悪い予感が当たった事への不安を押し殺しながら、平静を装います。ここでそれを肯定しては、アリスに飛び火する事が眼に見えているからです。
……とは言っても、ミッドナイト家がアリスを血眼になって探していた事は周知の事実ですので、今更誤魔化しが効くとは思えませんが。
案の定、キリカナンは見え見えのその言葉の矛盾を突いて来ます。
「今更取り繕っても無駄だ。先日、メイドが屋敷に戻って来たという情報も、こちらは掴んでいるのだぞ」
「…………!? まさか、それはお父様と共に箝口令を敷いた秘密事項なのですよ? 一体どこから情報が……」
「ちッ……調子に乗るなよ? 聞けばなんでも答えてやると思わない事だな」
「……うぐっ」
彼の言葉から、段々と状況が見えてきました。どうやら、私は実質的に屋敷の誰かから売られてしまったようです。一番露見されたくない場所に、アリスの情報を漏らされてしまった。そして、私はキリカナンの怨念を晴らすための生贄として、捕らえられた。アリスをおびき出すための餌として。
考えれば考える程最悪の状況でした。どうにか、この場を切り抜けないと……
「……? なんだ、その反抗的な眼は」
――――!!??
彼に睨みつけられた瞬間、私は急激に体温が下がっていく感覚に陥ります。どうやら、”トラウマ”は克服出来ていないままの様でした。
「…………やめて、その眼で……私を見ないで」
――あの時の視線を。
嫌っ! お願い、私に、その眼を向けないでっ!
「あ? ふっ、ふふ、フハハハハハハハッ! これは滑稽だ! まさか、あの社交界で『冷徹令嬢』とまで呼ばれたお前が、この俺に震えているのか?」
「ち、ちがっ……そんなこと……はな、い」
これは、否定しないとまずい。そう思って、何かを口にしようとしましたが、全身が震えて上手く言葉が出ませんでした。出て来たのは、中身のない言葉だけ。
途端、キリカナンは獰猛に表情を歪め、振り上げた手で、そのまま私の頬を嬲り始めました。
——パァン。と甲高い音がその場に響き、私は自分が叩かれた事を送れて自覚します。
「えっ……?」
「カハッッ! これは、堪らん! そそるぞ! これは、唆るぞッ!」




