お嬢様とデート③
秒針は夜の9時を指していました。辺りはすっかりと暗くなり、道行く人も次第に減っていきます。
先程までいた海岸を離れた私達は、帰路についていました。
「何だか、寂しいですね」
「そうかしら……? 私は楽しいわよ。アリス、貴女が側にいるもの」
お嬢様の言葉に照れくさくなって俯く私。元々距離感がおかしい様に感じるお嬢様でしたが、ここ最近は特に変でした。
私がいない間、寂しがっていた事は分かったのですが、その反動で妙に甘えて来るだけかな? とか思ってましたけど……それでも、些か距離感が近すぎますよね? 変な方向に勘違いしてしまいそうで、きっとお嬢様に他意はないだろうと、自分を諌める私の気持ちも考えて欲しいものです。
「私も、お嬢様が隣にいるので楽しいですよ」
「あら、嬉しいわ。でも、さっきとは言ってる事がまるで違うわね」
「あはは……」
確かに。と私は苦笑しました。夜は寂しいけれど、お嬢様といれば、不思議とそれも楽しいに変換されるのは何故でしょうか?
話は変わりまして、本日は満月の夜でした。設置された街灯が街並みを彩り、月の光が私達を祝福するかのように降り注ぎます。私達は、ゆらゆらと月明かりの揺蕩う神秘的にさえ思えるその街道を、手を繋ぎながらゆっくりと歩きました。
「月が綺麗ね」
不意にそうおっしゃるお嬢様に、私は内心ビクッ、と大きく驚きに跳ねます。
こちらの世界にも、月が綺麗という常套句があるのでしょうか?
しかし、仮にあったとすれば、果たしてそれはそういう意味であると捉えて良いのでしょうか?
あわあわと視線を彷徨わせる私を見て、お嬢様が怪訝そうに首を傾げました。
「アリス、急にどうしたの?」
その様子を見るに、少なくとも意識して言ったわけでは無さそうです。お嬢様は初心で可愛らしいですので、そんなキザな台詞を吐く訳が無いですもんね。
何だか残念な気持ちになりつつも、私は雑談も兼ねて、その意味を教えます。
「……遠い国の言葉で、『月が綺麗』とは、想い人が月の様に美しい、と比喩する言葉で使われていて、要は愛を告げる言葉なんです」
「へえ、それは知らなかったわ。何だかロマンチックね」
「……そうですね。いつか、私も言ってみたいものです」
許される事なら、お嬢様。貴女にその言葉を捧げたかったです……なんて、ね。
「アリス、今宵は月が綺麗ね」
——えっ?
「お嬢様、それは……」
一体どういう意味なのでしょう?
その問いを口にする前に、私の唇は、お嬢様の華奢な指によって遮られてしまいます。その時、真っ直ぐと私を見つめるお嬢様の御姿は、月光に照らされ、天女の如き美しさを纏っていました。
お嬢様は、ニッと表情を綻ばせて、まるで花が咲き誇るが如く、微笑みました。
「いつか、返事を聞かせてね?」
私は、これ以上ないほどに高鳴る胸の鼓動を自覚し、まるで本当の『“愛の告白”』みたいだとか思いながら、コクンと、その場で頷いたのでした。
何処か気まずい雰囲気のまま、時は流れ、そのまま私たちは帰りの馬車に迎えられて、その日のデートは終わりを遂げます。
そして翌日————
——お嬢様が屋敷から姿を消しました。
ご拝読頂きありがとうございます。誤字脱字の方ございましたらご指摘頂けますと幸いです。また、少しでも面白い!と感じて頂けましたら、いいねやブクマ。お星様を頂けますと大変励みになります♪




