黒狼戦③
最初は、ただ見惚れていただけでした。次に抱いたのは同情でした。どうしようもないその境遇に、ただ納得が行かなくて。決められた結末に殉じるだけの彼女が可哀想でならなくて。気付けば、いつの間にか彼女の微笑みを求める様になっていました。
その美麗を眺められる満悦に酔いしれて、届かぬ想いに焦がれて。それだけで、満足だったのです。
——それが、俺の画面越しの初恋だった。
だが、それはいつしか手の届く距離にあった。だけど、貴女は誰よりも気高く。高潔で、しかし。誰よりも儚くて、少しでも強く手が触れてしまえば、消えてしまいそうに見えたんだ。
だから、手を差し伸べたかった。救ってあげたかった……
なんて、これも自己満の言い訳でしかないだろうか?
★☆★☆★☆
「ああ……思い出したよ。それでも俺は、自己満でも良かったんだ」
私は、いつの間にか、立ち上がっていた。少なくとも、黒狼にはそう見えただろう。実際は少し前から一度だけ敵の認識を阻害できる『認識阻害』の魔法を目前の敵に掛けていた。
黒狼の眼にはほんの一秒前まで、俺は失った片脚を抱えてそこに倒れ伏していた様に見えていただろう。
「ッ! キサマ! いつの間に足が再生して……」
「スキル、【持続回復】の恩寵だ。ゲームのアルシェードにも無かったスキルだな。どうやら、これが所謂、俺の転生特典ってやつらしい」
「キサマ、何を言って……! まぁ、いい。再生したならまた壊すまでよ! キサマの息の根を止めるまで何度でもなッ!」
いうが早いか、黒狼はその爪牙を再度振り翳した。そして、振り下ろす。だが、切り裂かれたはずのそれは、残像となってしゅっ、と消え去った。
そして、少女の本体はソレの後ろから突如と現れる。
「なッ……!?」
「『影分身』だよ。黒魔法さ」
「……ッ、だが、影など何処に……」
そこで、少女の方に振り向いたソレは気付いた。僅かな月明りが、自分の後方に射していた事に。
「木を倒し過ぎたね。折角、月光を遮っていたというのに。それと、油断してたのはそっちも同じだったって事さ。早めに止めを刺していれば、俺は今、こうして立っていない」
「ぐッ……調子に乗るな!!」
咆哮と共に、ソレは踏み出した。少女に向って肉薄したのだ。しかし、少女はまるで反応を見せず、佇んだまま。そこで、ソレは薄暗いこの空間の中で、不自然に少女の足元に巨大な影が出来ている事に気付いた。そのシルエットは、少女のモノでも、ソレのモノでも無い。
途端、嫌な予感を察知したソレは、後ろに跳び退いた。それを見て、少女が舌打ちを打つ。どうやら、正しい判断であったようだ、とソレは確信した。
「……なんだそれは」
「『奈落の落とし穴』。影の中に引き摺り込む黒魔法さ」
「……随分と、余裕そうだな。まんまと、敵に情報を与えるとは。どうやら、一度の敗北では足りないと見える」
扇動する様なソレの言葉に、しかし。少女はまるで挑発に乗る素振りを見せなかった。
「どうせ、効かなそうだからね。寧ろ、手の内を明かす事で、それを警戒させる事が出来る」
「……狡猾な奴だ」
「ああ。言う必要は無いと思うけど、今の俺は先程までとは一味違うぞ?」
「ふん! 減らず口は変らぬ様に見えるがな? 確かに、雰囲気は変ったようだが、それだけでは彼我の差は覆らぬぞ。さぁ、ワレを超えて見せろ!」
「上等だ! さて始めようか。気高き黒の狼よ。第3ラウンドの、開幕だ!!」
両者の同時の肉薄を合図に、一人と一体の踊りは三曲目に突入した。




