白狼の森①
青白い月の光が揺蕩う妖しげな森の中。一人の少女が迷い込んでいた。
「うええん、メドゥーサちゃん何処行ったの~?」
問い掛けに返答は返ってこない。虫の鳴き声だけが、静寂の中、聞こえてくる唯一の音だった。
不安気げに声を挙げる少女、アリスは先程まで、陽光の射す広場で、巨大な蛇の身体と、人間の顔を持つ怪物、メドゥーサと共に、訓練をしているはずだった。
しかし、そこへ突然メドゥーサの姉であるエウリュアレが現れては、転移の魔法を発動し、アリスとメドゥーサは何処か知らない森の中へ飛ばされた。
――かと思いきや、目覚めたら一人きりで、今に至る訳です。
メドゥーサちゃん何処いったの!! もしかして、転移が失敗して別々の座標に飛ばされちゃった!?
あのエウリュアレさんに限ってそんな失敗をすると思いますか? きっと、これもわざとでしょうね。
あの時、エウリュアレさんの登場に驚いたのは私だけでしたし、もしかしたら姉妹同士、こうなるように手を打っていたのかも知れません。
そこまでは良いんです。メドゥーサちゃんがいたら私は安心して気を抜いてしまうから、特訓にならないでしょう。
だからと言って、ドッキリとばかりに、ただ独り森の中に放られても困る訳ですよ。それならせめて目的地のダンジョンがある場所だけでも教えて欲しかったです。
「メドゥーサちゃん隠れてないで出て来てー! 目的地だけでも教えてくださいよ!」
しかし、何度呼びかけてもメドゥーサちゃんは、まるで本当に此処にいないかの様に、反応を見せません。
――――しーん。
「…………あれ? もしかして、本当に座標設定ミスりました!? メドゥーサちゃんからの返事がありません」
どうやら、本当にメドゥーサちゃんは隠れている訳では無いらしい。気配察知にも引っ掛からない。まぁ、メドゥーサちゃんなら気配を隠して接近する事ぐらい可能でしょうけど、取り敢えずは此処にいないと思って行動した方がいいでしょう。
――それにしても。
「何処ですか? 此処は……まるで、神秘的な森のようですけど」
先程まで、広場で特訓していた時、まだ日は落ちていなかった。気絶している間に、かなりの時が流れたのかあるいは……
「時間帯が変わる程、遠くまで飛ばされたかですよね……」
(確か、エウリュアレさんは元老院の一体、【導者】フェンリルの下へ送ると言っていましたか)
元老院同士、近くに住んでいるとは思えませんし、もしかしたら知らない大陸へ飛ばされたのかも知れません。
――空気が重くないので、少なくとも仙界の環境では無いみたいです。
という事は、元の世界に戻ってきている?
「なら、急がないと行けませんね」
仙界では一年を過ごしたとしても、現実世界では一週間しか経過していないとは、ステンノーさんが言っていましたが、仮に此処が本当に仙界では無く、現実世界《元の世界》に戻っているなら、今もお嬢様と同じ時間が経過しているという事です。
――ガサガサッ。
その時、後ろの方で草が揺らめく音がしました。
振り向くと、そこには神々しいまでの白い毛並みを飄々と揺らす、白銀の巨狼がいました。
「――あっ」
しかし、巨狼は私と目が合い次第、私を見て首をフリフリ、と振って森の奥の方に視線を促すと、その巨躯を翻し、森のさらに奥へと奔り去っていきました。
「…………追いかけろ。という事でしょうか?」
今の生物が何かは知りませんが、本能がソレに従えと、天啓を降らせていました。他に道標が無かった私は、縋る様にして白銀の狼の足跡を追って、森の奥へと歩を進めていったのです。




