修行の前に③
「はぁ? メドゥーサが会いたがってたぁ? 何かの冗談だろ。アイツ、人間様がさぞお嫌いだったたじゃねえか」
エウリュアレがさも驚いた様に首を傾げた。
「正確には、何を話せばいいか分からないから苦手意識があっただけよ。あの子を見た人間は皆その場で気絶するか逃げ出すかの二つだもの」
「……想像が容易いぜ。家族だから悪く言う気はねえけどよ、あの見た目は無いわ……」
身内といえども、視容し難い歪な容姿。人間にとっては醜い見た目だと自負しているエウリュアレでも、メドゥーサの見た目に関する忌避感は理解出来た。
「あら、ひどい。本人が聞いたらどう思うかしら?」
「ちょ、姉上! 今のは聞かなかった事に! メドゥーサには悲しんでほしくねえ」
「ふふっ、なら最初から言わなきゃいいのに。家族だものね? ならあの子の固有能力は覚えてるかしら?」
「ばっ! ったりめえだろ! 家族だからな! ズバリ、『透視』だ。第二の眼とも呼べる、一聞には特に凄みのない能力。だが、本質は己の見たいものを透過して見る事が出来る使い勝手の良いものだ。例えば相手の本質的な心。隠された笑みの後ろにある打算や本心。それをも、アイツは見る事が出来る」
人の本心を見てみたい、とは誰しもが一度思う事だろう。『読心』の能力があるエウリュアレだが、その気持ちは理解出来る。
だが、読める様になった身としては、それ程良いものじゃ無い。人の心は見えないからこそ、関係性というものは複雑だ。だが、見えるようになって何が待ち受けるか。
本心を垣間見た事で、更なる信頼を築ける? そんな馬鹿な。寧ろ逆だ。
本心が見えるからこそ、他人と自分は本質的に理解し合えないのだと察せてしまう。
そして誰しもが人間不信に陥るだろう。
「不便なものだぜ」
想念しながら、妹を心より哀れむエウリュアレ。その言葉裏にある、妹を思いやる深い慈愛でさえも、本来は口にしなければ伝わらないものだ。
紡がれた言の葉と本心は表裏一体にあって、同一のものになるとは限らない。その上、人はよく嘘を吐く。
——アリスがいい例だ。
とは口に出さなかったエウリュアレの言葉である。
エウリュアレの様子を見ていたステンノーは神妙に俯いて見せ、やがてその顔を上げた。
「でもね? エウリュアレ。どういう訳かアリスの心だけは見えないみたいよ。メドゥーサは彼女と会う前から、『透視』で彼女の事を視ていた様なの。ワタクシと同じ様に、転生してからの彼女の事をずっとね」
「……はっ? そりゃ初耳だぜ。そんな大事な事何でオレにだけ隠してたんだ?」
「まさか。ワタクシも昨日知ったばかりよ。不思議なものよね? 何か運命的な繋がりがある様だわ」
確かに。とエウリュアレは頷く。
姉上と違って、アリスを視る理由があった訳じゃない。そもそも、人間界の事を知らない妹がどうやってアリスの存在に辿り着いたのか。実に不可解だ。
運命の糸で繋がっているという表現も間違いでは無い様に思える。
「だからね? エウリュアレ。ワタクシは賭けてみる事にしたの。アリスが閉ざされた妹の心を開いてくれる事をね。そして、見極めるの。彼女が、我が妹。メドゥーサを託すに値する人間であるかどうかをね」
姉の言葉に、エウリュアレは沈黙で返すしか無かった。
姉と違って、アリスの心を垣間見た彼女からすれば、アリスは未だ信用に値する人材では無い。本心でしか話さない身内とは違って、彼女の言葉と内心は一致しない。
お互いに信用出来ていないのだ。
「ふっ」
——エウリュアレは、短く笑う。
(だが、賭けには乗ってやってもいい)
そう思えた。
アリスの心は未だ信用出来ない。
だが、その人柄を信じてやってもいい。そう思わせる何かが、彼女にはあった。




