お嬢様を救う方法③
「貴方の推しである悪役令嬢――ルルカリアを、こうして女人と化してまでアナタは、どうやって救うつもりだったのですか」
問い詰める様にステンノーさんは言った。その眼は真っ直ぐと私を見つめており、その瞳に私の姿がはっきりと反射されている。
――前世の私の姿が。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙が続く。
メドゥーサちゃんも静かに動向を見守るつもりの様だ。
「…………どこまで視えていますか?」
「その答えまでは視えていない……そう答えたなら、アナタは教えてくれないのかしら」
「…………」
「アナタのソレは人理に反する愚者の所業よ。他人の幸福を勝手に、一方的に願えど、自らの幸せを顧みない矛盾した者の非人道的な愚行…………これで十分かしら?」
「……ええ。しっかりと理解しました。貴女には誤魔化せないという事を」
視界が揺らぐ。上を見れない。
しかし、ステンノーさんの視線は私を射抜いたままだ。
「…………身代わりになるつもりでした。お嬢様の」
「どうやって?」
「……魔神の封印を解くには、媒体となる『肉』が必要です。だけど、完璧な素体になり得る存在はお嬢様の他に居なかった」
「そうね。だけど、アナタはもう一人媒体になれる存在に当たりを付けていた。それが……」
「はい、この私。『アルシェード』の身体です。魔神の媒体になり得る人物の条件は、純粋な精神を持ち、しかし同時に無垢な闇を持つ者。そして、闇魔法を扱える人材」
「前者は合格でしょうね。アナタのプレイしたゲームの中でも、『アルシェード』は愛憎のあまり、闇落ちしていた。しかし、アナタは闇魔法を扱えないでしょう?」
「はい。私が使えるのは黒魔法です。しかし、闇魔法とは元は黒魔法から派生して出来たもの。私の黒魔法を進化させていけば、闇魔法をも生み出すことが出来ると考えていました」
「仮にアナタが魔神の媒体になれたとして、アナタには魔神の力を抑制する手段がないはずよ。その点はどうするつもりだったのかしら?」
「……主人公達を、より一層強く成長させて、全力の魔神でも討たせるつもりでした」
「……甘い考えね。不確定要素が多すぎるわ。それに、人の心が無いわね」
「ご尤もです。だけど、他にやり様が無かった……」
それを聞いたステンノーさんは天を仰ぎました。
まるで、嘆く様に。
「そうね……悪役令嬢の死はこの世界において運命として定められている。他に助けられる手段は無いわ」
お嬢様の死は確定事項だ。少なくともゲームでは彼女が生き延びるルートは見つからなかった。
必要悪であり、必要な犠牲だった。
それが、ゲームでの悪役令嬢――ルルカリアである。
「……それが、どうしても許せなかったんです」
「酷い愛執ね。初恋は実らないものよ?」
「そうかも知れません」
私は顔を上げた。また、視線が交差する。
暫く見つめ合う。視線の交わし合い。アイコンタクトによる会話。
――覚悟をぶつける。
「……ぷっ」
しかし、それは突然に。ステンノーさんはまるで堪えきれなかったかの様に、睨み合いの途中で笑い出した。
「ぷふふふっ……あははははっ!!」
「……えっ、え、え?」
「あ、アリスちゃん……すごく真剣で、なんだか面白くて……ぷぷっ」
「へっ? え、ひ、酷くないですか!? さっきまでめちゃくちゃ真面目な話してましたよね!? えっ、もしかして先に笑った方が負けのにらみ合いでした!?」
「ふふっ、ふひゃっひゃはあっ」
気持ち悪い笑い方で、メドゥーサちゃんも笑い出しました。
「えっ、え、ええ!? ん~ん?? もう、どういう事だってばよ?」
「アリス。アナタ、一度鏡を見てきた方がいいわよ」
「えっ? そ、そんな酷い顔してます??」
「ええ。それはもう本当に。愉快で逞しい顔ですよ」
おちょくる様にいうステンノーさん。
「は、はぁ」
褒めてるんでしょうか、貶してるんでしょうか?
「……ふぷふふっっ、ああー。久々にいっぱい笑ったわ~」
「ほんとよー。アリス、アナタ本当に面白いわ」
「だから、褒めてるのか貶してるのかどっちなんですか!!」
……もう嫌だ、この姉妹
「……まぁ、でも。お陰様で覚悟を定められました。自分の心に向き合う事が出来たんです。お二人とも、ありがとうございました」
そう言って、私はお辞儀をする代わりに満面に微笑んだ笑顔を、見せつけるのでした。