魔王と魔神。そして、悪役令嬢についての回想
話をしよう。
魔王と魔神の、矛盾と齟齬。そして、悪役令嬢との関係性の話だ。
前提から話をしよう。
初めに、魔王と魔神は同一の存在であって同一の存在では無い。
同一の人格を持つが、同時に顕現出来ない道理は無い。
そうなった場合は世界の悪意と善意の均衡が逆転してしまい、エネルギーが逆流し、各地は戦乱に呑まれ、天地は崩落を始めるだろう。
アリスは先ず、魔神の光臨を防ごうとしていた。
それは、単なる戦闘力とその悪意に対する畏怖からの行動だ。
そして、もう一つ理由がある。
前提の話だ。
魔神はその強力な邪悪から、人類に破滅を与える存在である。当然、野放しにする事は出来ない。だから、太古の昔に英雄によって討伐され、封印された。
しかし、その存在は不滅だ。封印されただけであるなら、逆に封印を解除する事も出来る。
しかし、それには対価が必要だ。等価交換ともいう。
何が必要か?
魔神の意識、魂を呼び起こす為の強力な死霊術と――対応する『肉』だ。
では、人理を超越した存在である魔神の媒体となり、その血肉たり得るは、一体何なのか。
強力な魔物の四肢でも集めるか?
いや、足りない。
では、災厄級の魔物を生贄に捧げるか?
まだ、足りない。
災厄級の魔物を数体集めるか?
質によっては媒体となり得るだろう。
だが、強大すぎるその精神は、魔神の意志と相反し、大幅な弱体化を被る事となる。
肉となり得ても、魔神の魂と反発してしまうのだ。
では、完全な魔神の光臨に必要な媒体足り得るは何か?……又は誰か?
――純真無垢なる精神を持ち、だが相反する悪意を同時に隠し持つ者。
そして、強力な闇魔法の使い手足り得る肉体を持つ者。
一人だけいた。
悪役令嬢――ルルカリア・ミッドナイトである。
ゲームでは必ず断罪される彼女は、その後。
屍となったその身体をとある組織に回収され、魔神復活の媒体。生贄として使われる。
そうだ。死体となっても利用されたのである。
アリスにはこの結末を許容する事が出来なかった。
だが、同時に悪役令嬢の犠牲は必要な物でもあった。
結論からいうと、魔神の完全復活は失敗するのだ。
悪役令嬢の身体に刻印が刻まれていたからである。
それは、本来王族の許嫁になる者に刻まれた浮気防止の魔術。
未来の王妃たる証であった。
魔神に身体を乗っ取られてしまった事によって効力を発動したそれは、魔神の身体支配を妨害し、結果的に完全な肉体の行使は出来なかった。
大幅のデバフが付いた状態だったのである。
故に、主人公の少女とその攻略対象達の協力によって、苦しくも討伐成し得た。
そして、魔神は再度封印され、物語はハッピーエンドを迎える。
悪役令嬢一人の犠牲によって、世界は救われたのである。
悪人の命を代価に平和は守られた。
なんと、耳触りの良く、文句の付けようが無い結末だろうか。
――――『ふざけんなよ』
少女になる前の少年だけは呪詛を吐く様にその結末に異を唱えた。
誰もが望んだ悪役の屈託のない終わりを、覆すべく抗い続ける事になる少年の物語。
――その始まりである。