【猛暑の試練】攻略①
「ぜぇ、はぁはぁ、つ、疲れたぁ」
一時間は走りっぱなしだったよ。
全速力で。
「リレーじゃねえんだよ」
なんて軽く愚痴を吐露した後、目の前に広がる迷宮へ足を踏み入れた。
現在時刻は大体午前の3時。メイドの仕事が始まるのが午前6時。
帰宅に一時間かかる訳なので、二時間でダンジョンを攻略しないと行けなかった。
——ダンジョン攻略RTAの始まりだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
駆ける。剣を薙ぐ。
暗闇の中、襲いかかるモンスターを裂いて裂いて、罠は着実に避けながら、また走る。
「あ……あっちい!!」
流石は猛暑の名が付くダンジョン。
ゲームと同じく、下を見ればマグマが流れているこのダンジョン。一歩踏み違えばそのままマグマダイブで天国行きだ。
……いや、正しくは煉獄か。
ゲームではマグマに向かって歩を進めても崖に突き当たる所で止まる。
マグマダイブシーンなんか用意されていないのだ。
しかし、ここは現実である。そんな安全ストップは付いてないし、何よりもゲームの画面と違うのは、熱を直に感じる事だ。
ゲーム画面では「熱い」などと言ってる攻略対象達を見て鼻で笑っていたが、まさかそれを自分が経験するとは夢にも思わなかったよ。
そんな事を考えながらも暗闇を着実に切り進んでいく。
モンスターが襲いかかってくる。コウモリが視界を塞ぐ。
そしてまた罠を薙いでいく。
飛んで、走って、舞って。
その繰り返し。
だが、
「やべっ、全然間に合わない!」
それは焦りだった。それが失態を誘った。
——カチッ。その音と共に、罠が作動する。
(なっ! なんの罠だ!?)
何が、何処から、どの様に。
これまでの罠は、大体が飛び道具が飛んできたり、落石といった定番のものだった。
だから、踏んだとしても上左右を警戒しておけば大丈夫だった。
左右を警戒する。同時に上を警戒した。
しかし。
(何も起きない?)
——誤作動か? 罠が発動しなかった?
しかし、嫌な予感だけは止まない。
……まさかっ!?
そう思った時には遅かった。
罠は発動していた。
……下だ。
「魔法陣!? ま、まずい!!」
その瞬間、私の世界は白に染まる。
そして、その次の瞬間には、色彩が戻ってきた。しかし、
——知らない場所だ。
見るだけでも暑くなって身を投げ出したくなるマグマの風景は、深い深い森林の中の風景に変わっていました。
「まさか、転移陣を踏んでしまったのか!? あああああああ、最悪だァ!!」
もう、口調が完全に前の私のものになっているのは、感情が昂っている証拠です。
……やばいやばいやばいやばいやばい
猛烈にやばい!!
「帰れねえよ!!」
思考が止まる。焦りだけが加速していく。
「どどどどどどどどどうするんだよ!! お嬢様にどうやって言い訳すれば良いんだ!? いや、それ以前にどうやって帰る!? ここは何処だ!!」
地図を見るにもスマホは無いし、看板を探すにもここは明らかに森林の奥地である。都合良く案内板があるはずが無い。
——現在地が掴めない、分からない。
帰り道はどっち? どっちに行けば良い?
完全に詰んでいた。
絶望的なのは現在の時刻だ。さっきまでダンジョン内にいたから正確な時間はわからないが、感覚的には午前の4時を少し超えたぐらい。
この季節で、日が登るにはまだ早い時間帯だ。しかし、此処はどうか?
もう既に太陽は登っている——
「とかの次元じゃねえ!? 真昼間じゃねえか!!」
もう一度嘆く。
「詰んだわ」
さっきまでの時間が午前4時なら、此処は体感午後4時だ。
つまり……さっきまでの現在地と真逆の地図上の位置にいるんだ!
さっきまで居たのが日本だとすると、此処はブラジルである。
帰るのに年単位の時間が掛かるかもしれない。そもそも大陸が違うだろうから、言語が通じないかも知れない。
嗚呼……嘆きを漏らして膝をつく。
涙が出そうだった。脳内では終わった——という感情がループ再生している。
「ひっく……うっ、うっ、お嬢様、ごめんなざいいぃ————!!」
半分嘘泣きの号哭を挙げていると、近くから生体反応が感知に引っ掛かった。
かなりの大物だ。本能が危険だと警鐘をあげている。
——ガサガサ、と草むらを掻き分けて現れたのは、大人10人分の高さはある巨大な蛇であった。だが奇怪なのは、顔と思われる位置にあるその顔が、蛇のものでは無く人のものであった事だ。
身体は蛇、顔だけ人間。
その魔物の名前を、私は知っている。
元の世界でも神話の中で畏れられていた伝説上の怪物。その名を、
——【メドゥーサ】
ソレは、ひしゃぁ、と唸りを挙げて、まるで宝石そのものの様な真紅の瞳を私の方へと向けた。