幕間 side.キリカナン、???
松明一本だけが照らす薄暗い部屋に、二人の男女が居た。一人は先日アリスというメイドにボコされたばかりの翠緑の髪をした片メガネの男。もう一人は、亜麻色の髪をした特殊な雰囲気の少女であった。
片方の男であるキリカナンが少女を見つけ次第早々に苦情を投げる。
「おい、貴様の言う通りに従ったぞ! これは一体如何いう事だ!?」
対して、少女の方は反論する様に言った。
「どういう事って、こっちが効きたいわボケ。一体何がどうなればメイドなんかに決闘で負けるのよ。この能無しヤリ〇ン」
「なッ!? 貴様の未来予知では此度の件は全て上手くいくと言っていたでは無いか! その責任はどう取ってくれるつもりだ!」
「はぁ? そうやってアタシの所為にするわけ? アンタ自分の立場分かってる? 依頼に失敗したのはアンタ。そして、雇い主はこのアタシ。限定的な主従関係下にあるの! 下のアンタがアタシに逆らって良いとでも思ってるの?」
「ぐっ……。しかし、占いが外れた事への弁明はしかりと聞かせて貰うぞ! これは貴様の責任でもあるはずだ!!」
「ふん。そうやって屁理屈ばかり。アタシの身体がそんなに欲しいのかしら。外したも何も、そもそもアタシは占いなんかしてないわよ。少しだけアンタに道標を差し伸べただけ。そのターニングポイントで、アンタはしくじった。それだけでの事でしょう?」
「た、たぁにんぐ? 何を言っている……」
「分かり易く言えば分岐点の事よ。ああ、いいや。解説するのも面倒臭くなってきた。もういっそ魔王様に頼めば全部解決してくれないかな~」
何処かにいるそれへ想いを寄せ、少女は恍惚に顔を染める。
それを見て寒気と共に嫌悪感を抱く片メガネの男。
「んで、本当に今回は一体何があったっていうのよ」
少女は再び視線をキリカナンの方へと戻し、再度事の顛末を問うた。
「だから……あのメイドに邪魔されたと再三言っているだろう! 貴様の占いからあのメイドの事は聞いていないぞ!これはどういう事だと!」
「だから、知らないって言ってるでしょ! メイドメイド、ってうるさいわよ! 仮に邪魔されたとしてメイド如き貴方でどうにかしなさいよ!!」
「しかし、そのメイドはあろう事か黒魔法を……」
「黒魔法を使ったですって? そのメイドの名前は?」
「確か、アリスという名であったはずだが」
「……アリス? そんなキャラ、シナリオにいたかしら?」
「きゃら? しなりお? 何を言っているのだ?」
「ああーもう、うるさいわね!今考えてるんだっつーの!」
少女は、いわゆる転生者と呼ばれる者であった。
そして、彼女は此処が乙女ゲームという娯楽の世界である事を知っている。
「アルシェードもどっか消えちゃうし、悪役令嬢の身柄はまだ手に入らないし、一体どうなってるのかしら? これじゃ私のハッピーエンドが迎えられないわ。どうにかしないと……」
「な、なぁ。もう一度、私にチャンスをくれないか?」
少女の独り言を遮る様に、キリカナンは言葉を紡いだ。
「あん? アンタに何が出来るって言うのよヤリ〇ン糞メガネ」
「俺があの女を……アリスを潰す。あいつだ! アイツさえいなければ俺はこんな目に合わずに済んだものを!」
「ふーん。やり返したいって訳ね。まぁ、いいわよ。ただし、悪役令嬢には傷をつけないでよ? 身柄を確保しないと行けないんだから」
「分かっている。だが、利用はさせてもらうぞ」
「好きにしなさい」
少女がそう言うと、キリカナンは興味が失せた様に踵を返して立ち去ってしまった。
残された少女は神妙な面持ちで呟く。
「アンタに手に負える相手とは思えないけどねー」
少女は油断大敵な性格であった。故に、『特異』であるメイドの少女の事は既に危険視を始めており、その内密査隊を差し向けるつもりだ。
彼女にとって、失敗は何よりも許せない恥辱だ。故に、外来的要因は速やかに疾く排除しなければならない。
――黒魔法。嫌な響きだ。ゲームでそれを使うのは、闇落ちしたアルシェード以外に他にいない。歯車が嵌りそうで、致命的なパーツが足りていない様な妙な違和感に苛まれていた。
少女にとって最悪の想定は――
「向こうも私と同じパターンね。そしたら、かなり厄介になるんだけど……」
いずれにせよ、例のメイドが最大の障害になり得る事は間違いなかった。
しかし。
「まぁ、流石に同じって事は無いか。だって、シナリオを知っているなら悪役令嬢を擁護する理由なんてないものね。何しろ――
――貴女はこの世界に破滅を齎す存在だものね? 憐れなルルカリアさん♡」




