最も恐ろしい事③ side. ルルカ
「……なッ!? それは些か無礼が過ぎますわよ? お父様には話を通してあるのかしら? 大体、貴方は侯爵家で爵位は私の方が上ですわよ? ソレを踏まえた上での発言かしら?」
と、そんな私の憤慨に対し、キリカナンは飄々とした態度で悪びれもせずに続けました。
「ふん。そんなもの直に伝えれば良かろう。それに、忘れたのか? 貴様は王太子であるアルシェード様の婚約者であるという大層な身分であったにも関わらず、自らその座を降りたのだ。そんな貴様が世間ではなんと言われているか知らない筈はあるまい?」
何故ここでその話をするのか? 私の疑問はしかし、口にすることは無く。己を振り返って見れば、彼の発言の意図も読めたのです。私が自分の噂に関する記憶を探り起こす前に、彼は自らその噂というのを口にしました。
「教えて差し上げましょう。貴女は世間では、『未来の王の寵愛を無償で貰い、仇で返した謀反者』であると噂されているのですよ。仮に貴女が此度の私の無礼を訴えたとしましょう。しかし、私は冤罪だ。と無罪を訴えます。世間では謀反者とされている貴女と、現も未来の王の補佐役である私。どちらを信じるでしょうねえ?」
彼の言葉は正論で、私は息を吞んで俯くしかありませんでした。あの社交のダンスパーティの日。私は大衆の面前で、王太子殿下へ婚約破棄を言い渡しました。しかし、王太子のアルシェード様からは私に婚約破棄をされる覚えなんて無かった筈です。
――だって、この段階の殿下はまだあの女に会っていないんですもの。愛情は無かったとしても、まだ私とは婚約者同士の関係は順調に続いていたのですから。たしか、その数日前までは普通に王宮で殿下と茶会をしていたと思います。
しかし何故かあの日に、殿下は私に婚約破棄を言い渡された。だけど、殿下も含めその家臣や他の貴族からしても殿下側に婚約破棄を言い渡される程の真っ当な理由が無い。
これでは、婚約破棄をした私に問題があると見なされても仕方の無い事です。まぁ、実際私の私情で婚約破棄をしたわけですので、弁明のしようがありませんね。
ですので、私はキリカナンの指摘に対して何も言い返せませんでした。
すると、キリカナンは唐突に席を立ち、私の手を握って耳元で囁いたのです。
「ふっ。答えられませんよねぇ。それが回答なんですよ。哀れな公爵令嬢様」
「 ――ッッ!?」
この時の私の胸中には様々な感情が渦巻いていました。
一つは言い当てられた事への悔しさと怒り。
そして、一つは彼に身体を触れられた事への拒絶でした。
――嫌ッ!! 触らないで!
声にならない悲鳴が挙がりそうになったその時――私を庇うようにしてアリスが一歩前に踏み出したのです。
「おい、さっきから聞いてりゃ、くっちゃべっちゃ。うるせえですよ」
私はただ驚愕しました。普段から生真面目で爛漫で可愛らしい性格のアリスが突然に暴言を言い出したのです。その言葉遣いも荒々しく、まるで粗暴な男性の方の様でした。
しかし。この時の私は不意に胸が高鳴るのを感じました。塞ぎ込む私に突如として現れて手を差し伸べてくれる様な……その姿はまるで生贄の姫を救いだす伝承の物語の騎士様の様に映りました。
「なッ!? き、貴様! メイドの分際で何をっ! この俺が誰だか分かっているのかッ!」
しかし、私の期待とは裏腹にアリスの口調はもっと荒々しく、汚らわしいものへと変貌していきます。
「――ああ、知ってますよ。メガネを掛けて理知的に見せかけて、本当は下半身に猛獣を携えた節操無しヤリ〇ンの、王太子の威光を借りただけの役立たずの威張りマウント糞メガネさん。でしょ?」
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