最も恐ろしい事① side. ルルカ
御機嫌よう。私はミッドナイト家が長女、ルルカリア。
今宵は満月の美しい夜です。暗点の空に覆われた星々が瞬き、月光が神託を捧げるかのように私の部屋に降り注ぎ、反射する様にして部屋は水晶箱を返したかのように煌めいています。
しかし、瞬く星をも食らうように、欠けの無い月は存在感を放ち、見ている私までもが呑み込まれてしまいそうな程に巨大に見えました。
それは、美しい光景だったのでしょう。しかし、それは私には自分の心を反映した寂しい光景だったように映りました。
寂しさの元凶を遡るべく、私は先日からの出来事を反芻しました。
……私には先日専属になったメイドが居ます。
――アリス。という名のその少女は、まるで欠けた月の様な私の心に陽光を刺し込み、包み込む様にして満たしてくれる様な不思議な少女でした。彼女が微笑むと、私は胸の動悸が早くなり、彼女が囁くと、私はゾクッと何かが飛んでそのまま昇天してしまうかの様な感覚に陥ります。まだ屋敷に来て二週間と少しの彼女は既に私にとってなくてはならない存在となったのです。
――まぁ、何が言いたいかというと、乾いた私の心に安寧を与えてくれる私の愛しい人なんです。
そんな彼女を、失うかも知れない事件が起こりました。
つい先日の事です。丁度彼女が専属メイドになって二日目の朝、彼女が私の髪を結わいてくれている至福のその時に、一報は齎されました。
――キリカナン・バルトロ。バルトロ侯爵家の嫡子であり、現侯爵の次男である彼が私達の屋敷に来訪するとの事でした。
その瞬間、不機嫌だった私の心情は『恐ろしい』ものに変わりました。キリカナンは、私にとって因縁深い男でした。一度その名を聞くと、彼の声、容姿、仕草、そしてあの時ゴミを見るかのような眼で私を見下した冷徹な視線がフラッシュバックし、私は思わず眩暈で倒れそうになりました。
それを、アリスが寸での所で止めてくれました。彼女の顔には突然どうしたのかと怪訝が浮かんでおり、不安げな様子を悟らせたくない私はあの時、大丈夫ですわ。と突き放すように返しましたの。
あの時、アリスに支えられて間近で彼女の顔を見た瞬間、私の恐怖心はその一瞬だけ何かが満たされる感覚と一緒に消えましたの。ほんの一瞬だけですけどね。
そして再度燻ぶる私の恐怖心を誰も気付かないまま、時は流れ翌日の午後。キリカナンが到着し、馬車から降りて来ました。私はその顔を見て、また眩暈と吐き気を催しますが、誰にも見られぬ様に後ろで独りでに息を吐いただけでした。
その時の事です。
――視線を戻すと、キリカナンがアリスの胸倉を掴んで、今すぐにでも手を出しそうな光景が眼に移りました。私は頭がパニックになりました。どうして? なんで? と疑問だけが浮かんできて、私の周囲は音が無くなったのです。
少しして状況を俯瞰出来た私は、選択に迫られました。彼女を助けるか、助けないかです。勿論、助けるを選択する他にない簡単な選択でした。だって、そうしないとアリスが危ない……だけど、私は足が竦んで動けませんでした。鉛の様に重くなって、身体が停止して、だけど無情に時と頭だけが動いて。
「あぐっ……くるし……ぃ」
胸倉を掴まれて息が苦しいのか、苦悶に喘ぐアリスを見て、私は本能的に動き出しました。彼を前にする恐怖よりも、メイドの少女を失ってしまう恐怖の方が大きいと感じたのです。
解放してあげてください、と旨の申告をキリカナンにすると、意外にもあっさりと彼はアリスを手放してくれました。
すぅ、はぁ。と息を呑むアリスを見て、一瞬でも行動を躊躇った自分に嫌気が差します。
その後、私達はキリカナンを屋敷に手招き、会議室へ案内しました。
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