クソメガネの来訪①
「明日、お嬢様へ来客がお越しになるようです」
お嬢様を起こしに部屋を訪れて、目覚めたお嬢様の髪を結っている時、メイド長が扉を突き破る思いで入って来たかと思いきや、お嬢様への来客が来る旨を伝えた。
普段は似非方弁のメイド長も、お嬢様の前では不自由ない敬語を使い回す。
しかし、対してお嬢様は不機嫌を隠す事なく、訊き返す。
「誰よ。アリスとの時間を邪魔する無粋な人は」
「バルトロ侯爵の次男様がお越しになるとと聞き及んでおります」
「……キリカナン様が?」
お嬢様は手を口に当て、驚く素振りを見せます。来訪の理由に心当たりが無いのでしょうか?
——キリカナン。その名前に私《俺》も聞き覚えがありました。何せ、彼は前世でプレイしていた乙女ゲーム『ときめき⭐︎マジカルぱーんち』の登場キャラクターにして、攻略対象の一人なのですから。
普段から片眼鏡を掛けており、性格は温厚。典型的なガリ勉秀才イケメンといった印象を受けます。渾名はクソメガネ。その詳細は追々語るとしましょう。
悪役令嬢であるお嬢様とは本来、敵側に位置する人間ですね。そして、第一王子である何処かのクソ王子とは交友関係にあたる人物でもあります。っていうか、攻略対象等は全員、第一王子の取り巻きですので、全員友達とも言えます。あくまでクソ王子の友達ですが。
「いつ頃おいでになりますか?」
「明日の昼頃には到着なされるかと」
「早いですね。どうしてもっと早くに連絡を入れなかったの?」
それはどちらを責めての発言か。メイド長は判断が付かなかったので、取り敢えず不届を謝罪した。
「申し訳ございません。お嬢様。しかし、連絡が届いたのはつい先程の事でして」
「そう。なら、仕方ないわね。ギリギリで連絡するなんて一体どういうつもりか、本人に聞いてみるとしましょうか」
そうして、時は翌日の正午過ぎ。
通達通りの時間に豪奢な馬車が来着し、降りて来たのは翠緑の髪を短く携えた長身の男性でした。目元には片方だけのメガネが掛けられており、オシャレな格好をしています。
——おぉ。
記憶に眠る彼の立ち絵と全く同じ容貌に、私は短く、唸りました。メガネ系イケメンといった、いけすかないイメージがそのまま体現したかの様な容姿です。
私にとって一番気に入らない攻略対象ではあったのですが、腐がつく女子の間では大人気のキャラだったようです。
立ち上がった彼は、目の前に佇む屋敷を見るなり、今度は視線をぐるっと一周見渡して何かを見定めているかの様でした。
すると、偶々彼を観察していた私と視線が合ってしまいます。
——やば、と思って視線を逸らすも、メイド如きに見られた事が癪だったのか彼は私の胸倉を掴んで来ました。
「——あっ」
「貴様、メイド風情が何を偉そうに見ている」
と、怒りを滲ませた声で叱責します。
「あぐッ……くるし……ぃ」
「キ、キリカナン様! そちらは私の専属メイドのアリスです。彼女の無礼は私の失態。どうか、私の名誉に免じてお許し下さいますよう」
息苦しさに喘ぐ私を見て、慌てながらお嬢様が止めに入ってくれました。
「ふむ。貴方がそう言うなら、良いでしょう。特別に不問としてやりますよ」
そう言って、私の胸倉を掴む手を離しました。
私は過呼吸で立っていられず、そのまま床に膝を付きます。
(ぜえ、はあ、はあ。く、苦しかったです)
漸く息を整え、顔を見上げた時に映った私を見下ろすキリカナン伯爵子息の顔は、侮蔑を込めた冷淡なものでした。
——え? キリカナンってこんな粗暴なキャラでしたっけ?




