親父に物申す
ああー。理解した。状況を整理しよう。先ず、此処は俺がプレイしていた乙女ゲームの世界で間違いない。そして、この身体は俺が忌み嫌っていたクソ王子のものだ。それも認めよう。大変、遺憾だが認めざるを得ないのだ。お付きのメイドさんに下半身の着替えをされながら、そんな事を考える。
あれから俺は推しに会えた感激と、推しにフラれたショック。そして、こんな奴なんかに転生した絶望感に苛まれて、目覚めたら王宮のベッドの上だった。
いやー余談になるが、王宮ってのはマジでデカくてな? 日本でいう姫〇城の三倍は面積あるんじゃないか? ってぐらいだ。んで、ちゃんと中身は華奢に飾り込まれており、廊下を歩いてるだけでも何処かの国のお姫様にでもなったかの様な気分だ。
まぁ……実際一国の王子である訳だが。
さて、そんな俺は今、ある所に向かっている。メイドに案内されるがまま、その目前には豪奢な赤い薔薇の紋章が描かれた巨大な扉が。
——それを、俺は二回ほどノックしてから、ゆっくりと扉を開ける。
ギシギシと、犇く音と共に、扉はゆったりと開かれていった。
目前には、金色の王座に腰掛ける絢爛豪華の男が、胡座を掻くかの様に堂々と座っている。
ジーク・ヴイオレット・スカラー
この国の王その人であり……俺の父親と呼ぶべき存在が、そこにはいた。
その隣には、王妃の座に我が母上と呼べる存在が居座っていた。
二人は、俺に対して睥睨している。
他にも、宰相や政治に関わる幾ばくかの上流貴族数名が、佇むようにして立っており、様子を見守っていた。
この国の王たる男は、徐ろに口を開く。
「面をあげよ。我が国第一王子にして継承権第一位。アルシェード・ヴィオレット・スカラーよ」
「はっ」
短く返事すると、俺は蹲めていた頭を上げる。
「……ほう? 思ったより肚の据わった顔をしているではないか。では、問おう。不肖なる我が息子よ」
そういって、王はとある一家の方角に視線を向ける動作を見せてから、俺に向き直って言葉を重ねた。
『此度の騒ぎは一体なんなのだ? 何故、貴様は婚約者であるミッドナイト家の令嬢に婚約を破棄されている。何なりと言い訳を聞かせて貰おうぞ。王太子、アルシェードよ。貴様から何か、弁解すべき事はあるか?』
凡そゲームと同じセリフに、俺は内心、笑みを溢す。
『いいえ。ありません』
『ふむ。潔いな。貴様は此度の婚約破棄が、如何なる代償となるか分かっていて申すのか?』
ここまではゲームでも一緒だ。だが……
「はい。申し開きも御座いません。全ては私めの不徳の致すところであります」
ゲームではここで、このクソ王子は真実の愛がなんちゃらなんちゃらといって、王様に反論する事を選ぶ。その結果、継承権は剥奪され結局駆け落ちする形で、ヒロインと結ばれるのだが、俺の台詞は、ゲームのこいつが絶対に言わないようなものであった。
つまり、ここからの俺の発言は、本来クソ王子が発言する事の無いものなので、俺の知っているストーリー通りになる保障が無いという事だ。
「そこで、不躾ながら私めから御提案があります。父上。どうか、私アルシェードを嫡廃して頂くよう、お願い御申し上げます」
王様はひとしきり考え込んだ後、深いため息をついた。
「アルシェードよ、お前の言葉は驚くべきものだ。お前が嫡子としての責務を果たすことは、国家の安定と繁栄にとって不可欠だ。しかしながら、この事態を招いたのはお前であり、お前が負うべき責任もある。私はお前を嫡廃することはできん」
王様の厳しい表情に、王妃も宰相もうなずく中、俺は深く頭を下げ言う。
「父上、お許しを。私の行いが国に及ぼした影響を理解しております。ただ、このままではミッドナイト家との関係も悪化し、国を不安に陥れるでしょう。私が嫡廃されれば、少なくともミッドナイト家との結びつきは解消できます。私の身が引き金となって生じた問題を解決するため、これが一番の手立てだと思う次第です」
俺の言葉に王様は考え込み、見兼ねた宰相が口を開く。
「陛下、アルシェード殿下の提案も一つの手かもしれません。ミッドナイト家との繋がりを断ち切ることで、今後の国際問題も収束する可能性があります」
王は再び深いため息をつくが、深々と俺の提案を検討している様子だった。