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お嬢様と行く街②


「——それ以上を望めないだけなんです」


 私の発言に、お嬢様は怒ったように怪訝しました。


「そ、それは! 論点が違うのでは無くって? 私は貴女にありのまま楽しんでもらおうと……いいえ。すみません。貴女の立場では、私を放ったらかして楽しむ事なんて出来ませんよね」


 なんだか突き放す様な物言いのお嬢様は、どこか悲しそうに笑いました。そのまま話はもつれ、お互いに言いたい事は言えないまま気まずい雰囲気が流れます。


「お、お嬢様! 向こうに面白そうな玩具がありますよ! あれは、凧って言うんです! 風に飛ばして遊ぶんですよ! ほら、一緒にやって見ませんか?」


 結局。痺れを切らした私が折れる形で、私の思うがままに行きたい場所に行き、やりたい事をやり。食べたいものを食べ、それに、お嬢様も一緒に着いて来てくれました。


 時刻は既に夕焼け。今はお嬢様と一緒に、美しい海を眺めては黄昏ています。


「綺麗ですね……お嬢様」


「ええ。そうね。とても綺麗で、思わず何もかもを忘れてしまいそうだわ」


 そういう割に、物悲しげなお嬢様の横顔を見ましたが、私は気にしない事にしました。



 ここで一歩を踏み込む事が出来たのなら……


 なんて。それはメイド風情が抱えてはならぬ邪念ですよね。

 

 ……確かに最初からお嬢様の言う通り、こうするのが一番だったかも知れません。普段一人で見慣れている夕陽も、愛しの人と共に眺める夕陽とでは比べ物にならない位綺麗さに差があります。


 勿論後者の方が綺麗ですし、心が満たされました。


 ……だけど。私の胸中では、何かが締め付けて来る様な感覚があります。焦燥感とも、唯の不安とも言いますか、とにかくこのままでは行けない。と、本能が警鐘を鳴らすのです。


 きっとそれは、前世で培ってきた『オタク』の本能では無いかと、私は思いました。メイドになってから、お嬢様(推し)と会える機会が増えていき、私の『オタク』という性は満たされていました。しかし、だからこそ。この距離感のままでは行けないのだと。オタクの私は言うのです。


『推しはあくまで推しのままであるべきなのだ』


『決して、オタクとしての領分を踏み出しては行けない』


 そんな違う私の囁きが聞こえて来る様な気がします。


 ふふっ。少し、安心しました。先程女体化してから自分が変だと話しましたが、どうやら本質的な所は前世のまま変わらない様です。


 私はゲームのキャラクターであるアルシェードの身体を一時的に借りているだけの『前世の私《俺》』に過ぎないのですから。


 私が俺である限り、お嬢様との関係は一人の【オタク】とその【推し】でしか無いのでしょう。


 心は『前世の私《俺》』。しかし、身体はこの世界のアルシェードのもの。この歪な綻びがいつまで続くかは分かりませんが、きっといつの日にか私は元の私《俺》に戻ってしまう日が来るのかも知れないと、かすかな不安があるのです。


 だからこそ。


オタク』と『悪役令嬢(推し)』は決してその一線を越えてはならないのです。


 改めてそう認識しました。


 自分の胸が、一頻り強くきゅっと締め付けられる感覚を確かに感じながらも。それに気付かないフリをして。






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