メイドになります!①
あれから、強情な私と頑固な母上の口論は日を跨ぎました。二つ目のお願いを聞いてもらう頃には、既に翌日の昼。結局眠気が限界に来た母上は深く考えずに同意してくれました。
正直、私としては二つ目の願いの方が聞き入れて貰えないと思っていたので、余りの呆気なさに唖然としています。
そんな訳で、私は引越しの為に荷物を纏めて、新しい職場へ赴いていました。そう。職場です。なんだと思います? 冒険者? 傭兵? どぶ攫い? ちっちっちっ。
折角 tsしたからには、あの仕事に就くしかないじゃないですか!?
分かりましたか?
そうです! メイドです! 私は今日からメイドになります!
しかし、メイドになるにしても職場は選びたいですよね? そこで! てってれー。
二つ目のおねがい~!
それで、職場指定をしました! 何処だと思います? 勿論あそこに決まってますよね?
「こ、こんにちは! この度此方でメイドとして働く事になりました! アリスです!」
「お? 来たさねえ。アンタさんがアリスかいな。あたしゃ、メイド長のクロエ。これから、アリスはんの指導役としてビシビシと鍛えるけんなー。覚悟しときぃ」
陽気な雰囲気の、似非方言のおばさんがメイド長らしい。これは、楽しい職場になりそうです。
「さぁ、早速だけど。お嬢様に一言挨拶してもらうさね。ついて来な」
お? 早速会えるのですね! 楽しみです。
「行きましょう!行きましょう!早く、早く!」
「んむ? なんだい、えらい元気さね。だけど、お嬢様の前では、しっかりしときや?」
「はーい」
連れていかれたのは、屋敷の二階にある豪奢な寝室でした。その扉の前で、私は今か今かとその時を待ち構えています。
コンコンと、メイド長はその扉をノックします。
「お嬢様! 新任のメイドから、直々にご挨拶なさりたいそうです。入ってもよろしゅうございますか?」
おお。メイド長も、さすがに敬語の時は関西弁では無いらしい。少し残念だな。と、そんな他愛の無い事を考えながら、私は高鳴る胸の鼓動を右手で抑えました。まるで、前世で幾度も経験した面接の直前の様です。
緊張するのもそのはず。
遂に! これからあの方と対面出来るのですから!
「入って良いわよ」
単素な調子の声が、扉の奥から聞こえて来ました。それを了承と捉えて、メイド長は扉に手を掛けます。
「では、失礼します」
と、一言いって。メイド長は遂に、その扉を開けました。ギシギシと、短く犇めく様な音が響いた後、扉は完全に開かれ、メイド長に促されるまま私はその一歩を踏み込みました。
そこにいたのは、深紅の髪を肩の辺りまで伸ばした美しい少女でした。睫毛は長く美しく整えられ、当然の様に二重の瞼に、形の良い鼻。情欲をそそる色白の美脚とふともも。そして、この世の美を結集させたかの様なその御尊顔。
私は、心が満たされるのを感じながら、同時に全てを手にしてしまいたい。と、激しい独占欲をそそられますが、手が出そうになる寸での所で我慢します。
ずっとずっと、この時を待っていました。これまでの行動すべてが、この瞬間の為の布石だったのです。
「いらっしゃい。貴女が噂の新人メイド? 随分と可愛らしいお顔をしてるのね」
鈴の様に透き通る、愛しいその声で、お嬢様は語り掛けます。
「さぁ。自己紹介も勿論して貰うけど、その前に、先ずは私の名は言えるかしら?」
お嬢様は、自分の名を聞かれました。当然、答えられない筈がありません。
私は過呼吸気味な肺を落ち着かせながら、幸福を見つけた渡り鳥の様に。
満面に微笑んで見せてから、その名を口にしました。
「ええ、勿論です。ミッドナイト伯爵家が長女。ルルカリア様!」




