親不孝者
後日。王宮当てに送られてきた報告書には、レイヴン伯爵家から第一王子アルシェードに服従する旨の報告が記されていた。
「一体どんな手を使ったのです?」
母上が報告書を見て、怪訝そうに尋ねる。
「別に。正面から願い出に出ただけですよ」
「……つまり、自らアルシェードだと名乗り出たのですね?」
「はい」
「少なくともレイヴン伯は、貴女を政治の駒として慕っていた訳では無かった、と」
「その様ですね。他の反乱分子も、レイヴン伯爵が駆除してくれるそうです」
「ふーん。あの家が動いてくれるなら心配は無用でしょうね」
「ええ。ですので」
「ふふっ。せっかちね。お願いを二つ叶える、でしたよね? いいわ。王妃の名に賭けて。聞いて差しあげましょう。さぁ、言ってご覧なさい」
興味津々といった様子で、母上は尋ねました。何か面白いお願いでも期待しているのでしょうか?
それなら残念ですが、母上の期待を裏切る事になるかも知れませんね。
「では遠慮なく。先ず、私から王族の身分を剥奪してください」
途端、重苦しい沈黙が流れる。
数秒の後、痺れを切らした様に、母上から沈黙が破られた。
「……な、ななっ、何を言っているのかしら? 身分を剥奪!? それはつまり貴女を廃嫡するという事かしら? その意図は追々聞くとして、そもそもそれは身内に対して言う事かしら!?」
「では、他に誰に申せば良いのでしょうか?」
「そ、そういう事じゃないわよ! 私に、貴女との縁を切れと言わせるおつもりですか? それ程まで貴女にはこの家が疎いのですか? そんなにも、私の愛は届いていなかったというのですか?」
ああー。そういう事ですか。確かに、自分の母親に息子と縁を切ってくれと申し出るのは些か親不孝が過ぎるというものでした。この家に愛想を尽かしてしまっていたり、恨めしく思っていると捉えられても仕方ありません。
要は、言い方が悪かったのです。
「あ、いえ! そういう事では無くて……その、ただ王族の身分が私には重苦しいと言いますか……」
「はぁ。そういう事ですか。あの時あの人に廃嫡する様に頼んだのは、建前では無かったのですね」
「ええ。廃嫡して欲しかった。それが、偽りない私の本心です」
「あ、貴女は仮にも王族なのですよ? その自覚を持つよう育てて来ました。なのに、どうして今更になってその役目を放棄すると言い出すのですか?」
そう言う母上の顔には、悲哀とは違う確かな憤りが浮かんでいた。
母親の愛の籠った叱責はいつでも怖い物である。それは、前世からも変わらない。
私は、足が竦んでいくのを感じました。
しかし、ここで立ち止まる訳には行きません。私は、勇気を振り絞って一歩前に出ます。
「私は王族の器ではありませんでした。それは、こうして女体化する以前からの話です。事実、私に愛想が尽きた元婚約者のミッドナイト家の令嬢にも、見限られました」
「あれは! 貴方が!!……いいえ、何でもありませんわ。続けなさい」
「……はい。私の目から見るに、次の王位には第三王子のテオが適任かと思われます。第二王子は……些か強欲な男ですので、その器ではないでしょう」
「……ええ、それは私も思うわ」
「母上。私は同じ血を引く兄弟同士争いたくは無いのです。ご理解頂けませんか?」
そう言って、頭を垂れる私に、母上は終始何も言い返しませんでした。




