存在しない特異点③
視界が暗転しました。
いや、正確には——光が消えたというより、**世界そのものがスリープモードに入った**ような感覚。
目を開いているのか閉じているのかも分からない。耳鳴りだけが、脈打つように響いていました。
再構築中、だって? なにそのシステムメッセージ。
現実にそんなポップアップ出すなよ。私は人間ですよ。たぶん。
……いや、**たぶん**って言葉が出る時点でダメなんですけど。
だって、私が“プレイヤーID:不明”って何?
私、ログインした覚えないんですけど?
しばらくして、ぴたりと音が止みました。
そして、いつの間にか視界がじわりと明るみ始める。
周囲は、真っ白な空間。
上下も左右もない。床の感触すらない。
あるのは、私の“自我”だけ。
……え、これ、まさかタイトル画面?
「ようこそ、再構築領域へ」
突然、頭の中に女性の声が響いた。
でもその声はアナスタシア様のものじゃない。もう少し無機質で、どこかAIボイスっぽい。
「貴方のセーブデータは破損しています」
セーブデータ?
あ、はい、そうですか。破損ですか。ええ、でしょうね。
だって私、死んでるんですよね? あの時、現実で。
思い出す。
夜通し“マジぱん”をプレイして、寝落ちして、そのまま——。
……いやいや、落ち着け。縁起でもない。
「破損したデータを再構築しますか?」
再構築……。
まるで、神様が“人生のロード画面”を出してきたみたいなノリですね。
でも、選択肢が見当たらない。
——いや、待て。
目の前に、ぼんやりと浮かぶウィンドウのようなものが現れた。
【はい】
【いいえ】
……ああ、もう。お約束だなあ。
これ選んだ瞬間、絶対何か起きるんですよ。
分かってますよ。ホラー映画とかRPGの教訓で学びました。
でも押さないと進まない。はい、押しますよ【はい】。
指を伸ばそうとした瞬間、背後で何かが“カチリ”と鳴った。
「ようやく、見つけました」
——アナスタシア様。
あの金の髪が、風もない空間でふわりと揺れる。
でも……さっきとは様子が違う。
その瞳の中、金色の光が、まるでコードの断片みたいに揺れている。
「再構築は必要ありません。わたくしが、貴方を“戻す”のです。」
……え、何を言って……
彼女の足元から、無数の光の線が広がり、私の身体へと絡みつく。
感覚がどんどん薄れていく。
触れられているのに、存在が削られていくみたいだ。
「アナスタシア様っ……やめてくださいっ、何を——!」
「貴方が、わたくしを創ったのでしょう? だから、今度はわたくしが創る番です」
……創った? 私が?
いや、プレイヤーだから?
その瞬間、アナスタシア様の唇が動いた。
まるで祈るように。
「マスター・データの同期を開始します。」
——世界が、溶けた。




