魔物暴走①
意外にも快く、アナスタシア嬢は私の派遣隊への同行を許可してくれました。話の早さに違和感を感じたのはそうですが、その裏腹を見せつつも悟らせない言動にはさすが公爵令嬢と言うべきか、政略に携わる一権力者の覆面が垣間見えました。
得てして優秀な権力者とは人の動かし方が上手いのです。その上、上級階級の貴族は強大な権力を併せ持つ。とても敵に回したいとは思えませんね。
派遣されたのは被害に遭った麓の民の避難を誘導する救助隊と、事件の起きた炭鉱を調査する調査隊。二隊は目的地は違えど道中は同じなので、被害の遭った村までは近衛隊副隊長の指示の下同道していました。
「これは……」
「酷い有様ですね……まるで地震でも起きたかのようです」
まるで巨大な何かに踏み均されたかのような凄惨な光景に、私と近衛騎士副隊長のランリーさんは呻きました。しかし、この光景を生み出したと思われる魔物の群れは一帯には見当たらず、被害に遭った村人達は心身共にボロボロになりながらも、足りない人手で重傷者達の治療や周囲の監視など、皆が皆切迫した状況にどうにか立ち向かっていました。
「急いで近民の者に事情を訪ねろ。可能ならこの村の村長が好ましい」
「その必要はございません、兵士の皆様方」
ランリーさんの声を第三者が塞ぎます。しゃがれたような老練な声に振り向くと、そこには白髪の老人が立っていました。背丈は低く背中は曲げられ、手元には杖が握られています。
「わしはこの村の村長を務める者でございます。わざわざこんな辺鄙な村まで御足労いただき、感謝いたします」
「良い。エリュンゲルにおいて近衛隊と騎士団は同義。すなわち、陛下と国民を守る事こそが我々の役目だ。その点、此度は助けが遅くなってしまった。我らが不肖の至りだ」
「いやはや、畏れ多い。お顔をお上げくださいませ、騎士様。我らエリュンゲルの民は護られるだけの存在ではありません。それは、公爵様の御近くにいらっしゃる騎士様が一番良くお分かりのはず」
「ふっ、そうだな。この国の民は強い。状況を報告してくれるか」
ええ、と村長さんは唸ります。村長さんの語った村の状況は凡そ私達が報告で聞いていたものと同じでしたが、一点だけ大きな齟齬がありました。というよりは私達の勝手な勘違いに近いのですが、村の被害はタージン炭鉱に潜む魔物達によって齎されたものではなく、その元凶は炭鉱に現れた一匹の邪竜によるものとの事でした。
「邪竜が村を襲ったと?」
「そうではございません。邪竜によって棲家を追い出された魔物達が、この村を踏みならしたのです」
なるほど。私にも話が見えてきました。ランリーさんも同じ結論に至ったのか、むっと眉を顰めます。
つまり、此度の事件は突如として炭鉱へ出現した邪竜によって引き起こされた流動型の魔物暴走による被害だったのだと。




