エリュンゲルの姫④
「ですから、あれはお父様の趣味ですわ。ここに来るまでに、この(屋敷)を観察したでしょう? 王宮の壁に展示されている美術品や芸術品のコピーの数々。そして、屋敷の構造自体が王宮に酷似している。衛兵が貴女になんと説明したかは分かりませんが、あれらは全てお父様のご趣味です」
「……は、はぁ……素敵なご趣味ですね……?」
「ぷぷっ……ちょっとアリス、笑わせないで! 貴女今何も考えずに誉めたでしょ?」
お淑やかな雰囲気が一変、年頃の少女のように朗らかで、しかし高貴さを残した笑みで腹を抱えるアナスタシア様。
「あっ、す、すみません……」
「いいのよ。話を戻すけど、扉をノックした時に貴女が聞いたあれは、国王の声真似をしたお父様の声を録音して再生させたものよ」
「ゔぇっ!? ま、魔法で録音ですか!? それで、どうして父……国王陛下の声真似を?」
「だから、趣味よ」
「はい?」
何度も聞いた言葉。しかし、何度聞いても理解が追いついていない。声真似をして再生? 一体そんな紛らわしい事して何の意味が……
「アリス。それ以上踏み込んではいけないわ。この事は自分の心の中に留めておく事。いいわね?」
「あっ、はい!」
物言わせぬ圧を感じて、私は咄嗟に頷きました。
どうやら、公爵様の偏癖は娘の彼女の手にも追えない難題のようです。
言われた通り、これ以上踏み込んでは戻れなそうなので私は一旦その事について頭の隅に置いておく事にしました。
「もう一つ、御聞きしたい事があるのですが……」
「もちろん、何でも聞いて頂戴! スリーサイズ以外は教えてあげるわ」
す、スリー!? ……じ、冗談ですよね。危うく突っ込むところでした。
「……私、宿屋で半ば連行された形で連れて来られたのですが、それも公爵様の御趣向で?」
「いいえ、あれはわたくしの趣味よ」
「……はい?」
「だから、あれはわたくしの趣味よ」
機嫌が良さそうに、胸を張って言うアナスタシア様。
私は、繰り返されるデジャブ感に泡を吹きそうになる。
だけど、今度はさっきと少しだけ違う。
アナスタシア様は確かに『お父様』の、では無く『わたくしの』とおっしゃりました。それの表すところはつまり?
「あなたを、驚かせようと思って予定より早く連れて来て貰ったの。早く会ってみたかったのもありますわね」
「あ、はい。そうですか」
もう、白い目で頷くしかありませんでした。
何なんなんでしょう、この公爵家の父娘は。
悪い事をした自覚がないのか、まるで何事も無かったかのように、アナスタシア様は話を進めます。
「それじゃあ、楽しい挨拶はここまでにして、そろそろ本題に入りましょうか」
先程よりトーンの下がった声で、彼女は言いました。
一気に膨れ上がる緊張感に、私は唾をのみます、
「今日あなたを呼んだのは、レイヴン伯爵の要望に応じたからではありません。父親は反対されていましたが、たかがメイドのあなたを客人として迎えたのにはそれ相応の意味があります」
「そ、それは……?(ごくり)」
「あなたに一つ提案をしましょう。公爵令嬢ルルカリア・ミッドナイト専属のメイド、アリス。その広き視点と辣腕を以て、我らが叛逆を手伝っては頂けませんか?」
そう言って、背筋が凍える程の可憐で美しいカーテシーを彼女はしてみせた。
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