エリュンゲルの姫②
公爵邸と聞くと、絢爛豪華な屋敷を想像してしまいがちですが、これはある意味でその予想を超えてくるようでした。エリュンゲルの街の中央部に建てられたそれは、屋敷というには広大すぎて、もはや城という方がふさわしいのではないかと思わされます。
「す、すごい……デカすぎです」
「そうでしょうとも。我らが領主様は建築のセンスに満ち満ちた、理解のある君主であらせられますので」
私の呟きに、イヴァンさんが応えてくれます。城門に辿り着いた途端拘束を解かれ、ある程度は身体の自由を与えられた私ですが、公爵様のところへ案内される事に変わりは無く、現在は犬の散歩でもするように城内の長い長い渡り廊下を歩かされています。
「いや、建築のセンスっていうか……まんまお城じゃないですか? これ」
「はい。元々、城塞都市でしたので。『資源は再利用せよ』とは領主様の口癖であります」
「はぁ……それは、良い事だと思います」
「ええとも、そら、着きましたぞ」
城門からここまで歩くこと30分。イヴァンさんの仰ぎに従い、目線を前方に戻すと、そこには王宮の門を彷彿とさせる巨大な扉がありました。赤のヴェールが架けられ、こちらも絢爛とした外装にはとても貴族みが感じられ……
いや、すみません。やっぱり自分の心を誤魔化すのはやめます。
「ってこれ、明らかに王宮を意識してますよね!?」
「たまたまです。領主様と国王陛下の美的センスが似通っておられたのでしょう」
「いや、これもうそんなレベルじゃないですよ……」
もしかして、公爵様は王宮ファンであられる? 一介の民達や爵位の低い貴族方なら王宮へ立ち入る機会は殆どないので誤魔化せるかも知れませんが、さすがに王宮暮らしだった私の眼は誤魔化せませんよ?
まさか、こういう至る所で王宮流を模範する公爵様を見て、誰かが反逆の可能性を示唆し始めたのではないでしょうか? 貴族は噂好きのようですからね……少なくとも、噂の一因にはなっていそうです。
イヴァンさんは前に出て、コンコンと扉を鳴らした後、「領主様。アリス様をお連れ致しました」とお決まりの従者ムーブ。数秒後、中から荘厳な声で「入るがいい」とのお告げを頂き、イヴァンさんは体長の二から三倍はありそうな巨大な扉を開いていきました。
恐る恐る中に入ると、そこにいたのは……ん? あれ?
「ようこそ、お越しになりましたね。貴女を歓迎しましょう、アリス。わたくしの名前はアナスタシア・フォン・アインスタッド。公爵家の長女であり、現在は代行でエリュンゲルを統べる領主。公にはされていませんが、王太子の行方不明に伴い断定的な継承権一位となったヴィオレット王国第二王子、キリシュタリア・ヴィオレット・スカラーの婚約者にして、『氷の令嬢姫』の二つ名を持つ女。そして、”王国に叛逆する者” です」
「――――え?」




