レイヴン伯爵
実はゲームでもアルシェードとの駆け落ちルートに入った場合、アルシェードの王位継承権剥奪に応じて、彼の派閥の貴族達によって反乱が起こされていた。その反乱を、主人公となんとアルシェード自身で鎮圧する事で、二人は立場を取り戻し、二人平穏に暮らす事で駆け落ちルートはエンディングとなる。
……そういうわけなので、ゲームを全クリした私はゲーム知識としてその反乱の首謀者を知っていた。
「これはこれは、態々御足労頂き、ありがとうございます。第一王女。サリフィ・ヴィオレット・スカラー様」
荘厳な雰囲気を漂わせたその男、レイヴン伯爵は言った。どうやら私を、姉のサリフィ王女と勘違いしている様ですね。
「第一王子アルシェードとして名刺を出してお訪ねしたのですが?」
「ははっ。御冗談を。我々は第一王子殿下をお慕いしています。その性別を、間違えるはずが無いでしょう?」
「残念ながら、それが事実なんだから皮肉にしかならないですよ」
私の呟きを無視して、伯爵は続けます。
「それで、御用件はなんですかな? サリフィ第一王女殿下」
「では、単刀直入に言いましょう。レイヴン伯爵。貴方は正式に私の臣下になって下さい」
威厳を見せて言う私に、レイヴン公は剣呑な雰囲気で返した。
「ほう? それは笑えない御冗談ですな。王女殿下。先程も申しました通り、私共は既に第一王子殿下をお慕いの上、忠誠を誓っております。それを裏切って、そちらに付けと申しますか?」
「だから、前提として私がそのアルシェードだと申しているんですが。お慕いしている上司ぐらい一目で分かって下さいよ」
なんて、無理を言っているのは分かります。私だって、あのクソ王子が女体化したら信じないし、そもそもゲームで登場の少ない第一王女とは見た目の判別が付きません。
レイヴン伯爵家は、王家に代々仕える有力派の貴族だ。しかし、暴君染みた先代の王を境に一度、信頼関係は損なわれてしまった。それに縒りを戻したのが、他でもないこのアルシェードだった。まぁ、私では無くゲームのアルシェードが、ですが。
詳しい過去はアルシェードルートに入る度に禁断症状を起こした私には分かりませんが、ある日人攫いに遭ったレイヴン伯爵家の娘を助けた事により、以後その恩寵を得た様です。
その時のアルシェードはまだ生真面目で好感の持てる性格であり、第一王子の器の大きさに感銘を受けたレイヴン伯爵が、その場で忠誠を誓ったのだとか。
レイヴン伯爵はアルシェードに感化された者の一人であった。その様はもはや妄信と言って良い。
「……ですから御冗談は程々にと。これ以上は、私めも黙っていられませんぞ?」
一層殺気を漲らせて言うレイヴン伯爵。
だがその時。場の雰囲気とは相反した呑気極まる鼻歌と共に、会議室の扉をこじ開けた者がいた。
「おっとーうさまー! 遊んでくださいまし……って、アルシェード様!! いらしてくれましたの? わたくしに会いに来られたのですよね? きゃあ! 嬉しいですわ!! い、いけませんわ! お着換えをして来ませんと」
菫色の美しい髪を瞬かせ、爛漫に喜ぶその娘こそ、今対面しているレイヴン伯爵の愛娘にして、レイヴン家長女。名を、キャロル・レイブン。
そして、ゲームのアルシェードが過去に助けた娘その人だった。
娘の乱入と、私がアルシェードである。と、まるで真偽を疑わないその衝撃の発言に、レイヴン伯爵は豆鉄砲を食らった顔になる。きっと、私も同じような顔になっている事でしょう。
「あら? お二人ともどうしてそんな辛気臭い顔をしていますの?」
キャロル嬢だけは、まるで空気を読んでいない様で。
その、無邪気な呟きだけが真剣な会議室に木霊した。




