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やっと、気付きました。

 ——コンコン、と戸を叩きます。入っていいわよとお声を頂いた後、ゆっくりと扉を開けて足を踏み入れました。


 中には、朝からドレス姿のお嬢様がベッドに腰掛けていました。


「ご機嫌よう」


 と優雅に挨拶をするお嬢様に続き、私は軽く頭を下げて敬礼した後、おはようございます。と返事を返します。それを見て、お嬢様はポンポンと、ベッドを手で優しく叩き、私を手招きしました。それに従い、怖ず怖ずとお嬢様の隣へ失礼します。


「どうしたの? アリス。そんな硬い顔をしちゃって」

「あ、いいえ。そんな事は……」


 ありました。今日の呼び出しは、恐らくは“あの件”について問い質す為だろうと思っています。お嬢様の前では、嘘を言いたくはありません。真実を知ったお嬢様は私を解雇なさるでしょう。当然です。家族を人質に取られたというメイド長の理由ある裏切りとは違い、私のは単なる自己保身でお嬢様をずっと騙して来たのですから。


 解雇される覚悟で来たと言うのに明るく振る舞える訳がありませんよね。お嬢様も公爵家の令嬢。貴族として社交場を経験しているお嬢様にこれ程の情報が出揃っていて誤魔化せるとは思えませんでした。きっと、いいえ。間違いなく、お嬢様は違和感を持っておいでです。それを問うて来るはずでした。


 しかし、次の瞬間お嬢様は驚きの行動に出ます。


 ——ギュッ。


「……!? お、おじょうしゃま?」

「ふふっ、アリスったら慌てちゃって、可愛い」

「ふぇっ? お、お嬢しゃまの方が、お、お綺麗ですよ?」

「あら、嬉しいわね。お世辞だったら許さないわよ?」

「そ、そんな訳ないです!! お嬢様は世界で一番お綺麗……って、私は何を言って……」


 油断してました。多分、お嬢様なりに、緊張を晴らしてくれようとしたのでしょう。主人に気を使わせてしまうだなんて、メイド失格です。


 ——ん? 何、メイドとしてだなんて今更考えてるのでしょう?  や、やっぱり気を抜いてしまってはダメです! 私は解雇通告のお呼び出しで来たのですから! ……そうですよね?


「アリス。あなた、また何か勘違いをしてるのだと思うわ」

「へっ?」

 

 間抜けな声を漏らす私に、やれやれといった風に呆れるお嬢様。


「大方、私に怒られるんじゃないかって思ってるんでしょ?  大丈夫よ。私は無理に問い質したりはしないわ。あなたが何者であろうと、別に構わないの。だからね?」


 すると、お嬢様はとても柔らかで優しい笑みを浮かべて、耳元で囁きました。


「ずっと、ずっと私だけのアリスでいてね?」

「…………ひゃい」


 体温が著しく上がっていきました。顔はもう真っ赤に染まっているでしょう。心臓が激しく脈打ちます。痛い、苦しい、そして。安心しました。不安が、恐怖が、焦燥が。その全てが浄化されて行きます。お嬢様のたった一言で、消えて行きました。


 安心したのです。まるで、母なる君に抱かれているかの様な心地で。これからもメイドでいられる事に、私はこの上ない幸福を感じたのです。


「……アリス? 泣いているの?」

「えっ?」


 ほんとだ。初めて……アリスとしての初の涙を溢しました


 ——そっか。私は、不安だったんだ。


 お嬢様が居なくなってしまうのが。お嬢様のお側に居られなくなってしまうのが。何より、恐ろしかったのです。


 そして、自覚せざるを得ませんでした。どうしようも無く今更で、これ以上無く罪な告白を。このどうしようもない感情の正体に、私はやっと気付いたのです。



 ——私は、お嬢様が“大好き”なのでした。

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